第110話 王弟殿下のくまのぬいぐるみの効用について
「レティシア」
「ど、どうされました、フェリス様?」
フェリスが長椅子を降りてレティシアの足元に跪いたので、レティシアが不思議そうに見ている。
「改めて、御茶会の詫びを。初めての挨拶だったのに、義母上が妙なこと言って、
嫌な思いさせて、申し訳なかった」
むしろ、今夜、僕が、レティシアのところへ訪れるべきだった。
こちらの義母(諸説あるが、形式上、義母には違いない)の無礼なんだから。
「フェリス様が謝ることでは……」
ぷるぷるぷるぷる、レティシアが首を振る。
フェリスを責めないちいさな姫君。
こんなふうに許されることに、フェリスは慣れてない。
「あの場でも言ったけど、王太后が何といおうと、僕は妃は一人しか持たないから」
母が寵妃であったため、母もフェリスも、どれだけ不愉快な思いをしてきたか。
いま、現在もしているか。言葉に尽くしがたいし、尽くしたくもない。
「あの…あの…フェリス様」
「うん?」
「私達は、互いの家の意図で結婚するので」
「うん」
「王太后様のお話は謹んでお断りしましたが、もしもフェリス様が、どなたかと真実の恋に目覚められたら、そのときは御遠慮なく、私を離縁して頂いて……!」
この世界でたった一人、僕を守ろうとしてくれる小さい姫は、あらゆる意味でおもしろい。
ぬいぐるみ抱えたまま、何を真剣に言い出すのかと思ったら。
「僕はレティシア一途なのに、レティシアは僕を捨てる気なの?」
「いえ! そうではなくてですね、決して私がフェリス様を独占して、御心の自由を縛ろうとか、そういうつもりではないことを……」
「でも、レティシア、すぐ離縁したがってない? やっぱり、こんな変人の花嫁は嫌で……」
「違います! 私にはもったいない方ですので、いつもフェリス様の幸せを望んでるのです!」
「いま、僕、幸せなんだけどな、とても」
「いま?」
「うん」
「いまですか? サンドイッチ、そんなに美味しかったですか?」
小首を傾げるレティシア。
「うん。配達の妖精さんが可愛くて、美味しさ増した」
「妖精とは程遠いですが、ではまた配達しますね。フェリス様のお部屋覚えましたから」
「楽しみだけど、夜這いは言葉間違ってるからね。……未婚にかぎらず、女性が夜這いの悪習に難儀してる地方もあるから、その言葉はレティシア、使ってはダメ」
「………! はい、殿下」
「ごめんね。叱ったわけじゃないからね。それが戯言になるくらい、不安のない夜にしていかないと……なんだけどね」
なかなかそうはいかない。
義母上にかぎらず、他人なんて農民であろうと貴族であろうと、そうそうフェリスの想定通りにはならない。
もちろんレティシアも、フェリスの想定外の動きだらけなのだけど。
「あの、フェリス様。フェリス様が下さったこのくまさん抱いてると悪い夢を見ないので、今夜はこの子をフェリス様に御貸ししようかと」
「!? これを僕に……!?」
「変ですか? みんな笑ったけど、ホントに悪い夢を追い払ってくれて有能なんですよ、このくまさん……フェリス様、笑いすぎですってば」
レティシアの想定外は、たいがい微笑ましすぎて、フェリスはいつも笑い崩れる。
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