第109話 何処か遠くへ行くときも

「フェリス様、ちゃんと食べてるー」

「合格?」

「はい!合格です!」


可愛……、ああ、なんか、美味しいかも…。


フェリスはあまり食べ物に感動を覚えない残念な男なのだが、サンドイッチ食べただけで、こんなに幸せそうな笑顔向けてもらうと、食べてるものも、不思議といつもより美味しく感じる…。


これ、逆の立場じゃないのか? 


レティシアはこんなに小さいんだから、僕がレティシアがちゃんと食べてるか心配してあげなくては……と反省しつつ、まるでフェリスが、生きてるだけで嬉しい、みたいな顔をされると、それはやはり嬉しい。


フェリスとて、こう見えても、人間なので。


(どうしておまえはここにいるの?)

(何故、おまえは、生きているの?)


それは言葉にならない悪意で。


昔は、義母上は、もう少しフェリスへの悪意を抑えようとする理性があった。

ああいけない、そんなことは思ってはいけない、と自制をかけようと苦労してた。


必要以上に魔力が高いので、少年のころから、そんなことを肌で感じて育った。


だから、フェリスとしても、努力してた。

できるだけ、義母上たちの邪魔にならないようにしよう……と。


学問も、剣術修行も、魔法修行も、フェリスは好きだったので、とりあえずそれらに没頭していた。居場所がなくても、何かに没頭しているあいだは、纏わりつく悪意から自由になれて、気も紛れる。それに没頭してると、それなりの成果が出て、そこに居場所もできてくる。


だが、フェリスが竜王陛下に似て来るに従って、義母上が悪意を制することができなくなっている。


貌がレーヴェに似てしまったことに関しては、さすがにフェリスの力ではどうしようもない。


なので、最果ての森で魔術師の夢も、戯言ではおさまらず、フェリスが何処かよそに、義母上がフェリスの顔を見なくていい処に行ってあげなければもう無理なんじゃないか、という気がしてる。


「そうだね、お米の……東ディアナの水田とか……、ああ、西の領地の薔薇畑でもいいかな、連れて行ってあげたいな、レティシアを」


ディアナ国内だとフェリスの領地のあるところとか。

国外の何処か景色のいい処にレティシアと旅に行くのも楽しそうだけど。


「………!? 行きたいです!」

「田舎大丈夫? 虫がいっぱいいるよ」

「私、美味しくないから、そんなに嚙まれません」

「いや、そんなことはないと……」


自信満々なレティシア。何故、そんなに美味しくない自信が。


「きっと、連れてってくださいね。……今日、なんだか……」

「ん? どうかした?」


レティシアの表情が少し沈む。


「フェリス様が一人で何処かへ行っちゃいそうな気がしたので……」


「……今日? いつ?」

「……王太后様とお話……してたとき」


言いにくそうに、レティシアが言う。


そうか。

これはやっぱり諸々心配して、レティシアは夜襲して来てくれてるのか。


面目次第もないな。

知らない王宮で、ずっと僕より不安だろうレティシアに心配して貰って。


「何処にも行かないよ。何処か行くときは、レティシアも一緒に連れていきたいな」


いまのところは予定してないが、もう何もかも嫌になって失踪するにしても、諸事万端、後任に仕事内容わかるように申し送ってから失踪したい。性格的に。


「はい。フェリス様と一緒に田舎暮らし、してみたいです。フェリス様に田舎は似合わなそうですけど……」

「そんなことないよ。洞窟とか山奥とかずっと籠りたいタイプだから……」

「それは田舎というのとはちょっと違うような……」


桜の紅茶と、いちごのムースの甘い香がする。


とりあえず、人生は相変わらず、ちっとも思うが儘にはならないけど、フェリスがご飯を食べない、と心配してくれるこんなに可愛い人が、ここにいてくれる。


これ以上の贅沢はないかもしれない。


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