第108話 桜の紅茶といちごのムース

「レティシア、何か飲む?」


食事ということは、飲料もいるだろうな、とフェリスは尋ねる。


「は! 紅茶を持ってくるのを忘れてしまいました!」


意気揚々と、藤のバスケットを開いたレティシアが困っている。


「いや、レティシアは、それ以上、荷物持っちゃダメだし……紅茶がいいの? 何の葉がいい?」

「……フェリス様は?」

「うん? 僕は何でも。レティシアが飲みたいものを僕も飲みたい」


本当にそう思ったのだが、僕は何か間違えただろうか……?

レティシアが赤くなって、困っている。


そう言えば、ルーファスと話していたときに、うちのレティシア、と呼んだときも、

レティシアの白い頬がぱああっと赤くなって、可愛かったな……。


「じゃ、じゃあ、桜の紅茶はどうかな? 春だし」

「……美味しそう」


レティシアが赤面してフリーズしてしまったので、勝手に御茶を選んでみることにした。


「……わあ!」


魔法で、さらさらと桜の茶葉を呼び出して、空中に浮かせたティーポットに、銀のスプーンで数杯。お湯を注いで、暫し待つために、砂時計。あとは、可愛らしいティーカップ。


レティシアがとても驚いた様子で、魔法で淹れる御茶に喜んでるようで何より。


「フェリス様、いつもこうやってお茶淹れてらっしゃるんですか?」

「いや? 遅くに、家の者起こすのもな……てときくらい」

「この御茶道具は何処から出てくるんですか?」

「これ、普通にうちの厨房のだよ。魔界から呼び出してたりしないから、心配しないで」

「し、してません、そんな心配」


レティシアが大きく首を振るたびに揺れる金髪が可愛い。


「凄い! いい匂いがします」


誰の手も借りずティーポットが自分でティーカップに紅茶を注ぐさまを、くまのぬいぐるみを胸に抱いたまま、琥珀の瞳を瞠ってレティシアは見つめている。

それにしても、このぬいぐるみ、気に入られ過ぎなのでは……。


「フェリス様」

「はい?」


レティシアとくまのぬいぐるみの座っている長椅子を奨められた。

それは確かに、そこに僕とレティシアの二人座る幅はあるが……、だが、これは、近すぎないか?


「どうぞ!!」

「……う、うん」


レティシア的に、絶対僕に食べさせたい! という熱意なのだろうか?

サーモンのサンドイッチを手ずから持って、渡された。


なんだか逃げられない。

……御前試合でも、僕はこれほど圧に負けることはない気がする。


「美味しいですか?」

「う、うん、美味しい……」

「あ、またフェリス様、笑ってる」


あんまりレティシアが、僕にこれを食べさせるぞ! と真剣なので、笑えてきた。


……いや、でも、そうだよな。

真剣じゃないと、夜中に、謎の夫の部屋にくまのぬいぐるみ抱えて乗り込んで来ないよな……。


「チキンも食べて下さい」

「うん。食べるよ。……レティシアは?」


レティシアの一生懸命さに負けて、フェリスはチキンのサンドイッチも食べている。べつにフェリスは食べられないわけではないのだ。他のことに気をとられると、つい飲食を忘れがちなだけで。


必死な可愛い妃の安眠のために、このバスケットの中身くらいは平らげよう。


「私は、夕飯、たくさん食べてしまったので……」


そうだね。それを見てて僕も食べた気になってたくらいだしね。


「いちごのムースくらいならどう?」

「きゃー」


レティシアの喜びそうなものを出してみる。

こんなに喜んでくれると、魔法も甲斐があるなあ……。


「あの、フェリス様、明日、厨房の方たちが、困りませんか?」

「レティシアのお夜食隊で、僕が食欲湧いて、たくさん食べたって、みんな喜ぶんじゃない?」

「そうですね! 厨房の皆さん、フェリス様の健康を心配してらっしゃるので…!!」


凄いよね。

ここに来て三日位なのに、もう厨房メンバーと連携あるらしい、レティシア。

僕の奥さん、実はとても有能なのでは……。


「フェリス様」

「何?」

「ディアナの方は、お米は食べますか?」

「お米? 食べるよ? 東部ディアナとかは、お米が主食だよ。お米が好きなの、レティシア?」


フェリスの言葉を聞いて、レティシアの琥珀の瞳がきらきらと喜びに輝いている。

そんなにお米が大好きなんだろうか?

では、お米をたくさん取り寄せてあげないと……。


「はい。私、お米大好きなのですが、お米の簡単な料理があるので、それを作って、

 フェリス様に食べて頂きたいなと」

「ホント? レティシアが作ってくれるの? 楽しみだな」

「あ、あの、本当にとても簡単な料理なのですが……」

「うん。何でも。レティシアの手作りなら、喜ぶよ」


レーヴェが覗いてたら、幸せに輪郭溶けかけてるぞ、フェリス、と絶対からかわれる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る