第107話 竜王陛下と推しについて

「はい。レティシアは夫のフェリス様が推しという大変な幸運に恵まれましたが……、推しというものは、会えなくても、会話することはなくても、その方のことを心に思うだけで、どんなに辛い時も頑張れる、と思えるような存在なのです」


「………??? レーヴェみたいな存在???」


激しくわからなかったが、そこで竜王陛下が想い浮かぶあたりが、王弟殿下のファザコン(御先祖コン?)の病もだいぶ極めている。


「あ! そうですね。竜王陛下のような……何処か、信仰に近いのかも……」


「それが、サリアでは流行っているの?」


「いえ! サリアでは流行ってません。遠い……とても遠い遠い国の流行で……」


推しの話はちっとも要領を得なかったが、遠い国を語るレティシアの表情が懐かしそうで、とても五歳の子供の表情には見えなかった。


「何処の国?」


「フェリス様はご存じないと……」


「僕が知らない国がこの世にあるかな?」


わりと無駄に詳しいんだけど、ディアナと何ら関わりのない国にも。

引き籠りの読書家であり、いつの日か誰も知らない国に行きたいものだという気持ちもあって。


「あ、あの、お話の……、そ、そう、本の中の国なのです……」


我が妃が、挙動不審だ。挙動が不審なのはかまわない。何か隠し事があってもかまわない。


どういうニュアンスでかはよくわからないけど、レティシアはフェリスを、好いてくれてるから。


とりあえず、いまの話からいくなら、ディアナの民が竜王陛下を思うくらい、

レティシアはフェリスを好いてくれているらしい……?(それ、だいぶ凄いけど)


「どんな本? サリアにしかない本なの? 読みたいな」


「もう、なくしてしまったのです。子供の頃に読んだ本で……」


齢五年の人生で、子供の頃とはどのあたりなんだ、とは思うものの、

フェリスはレティシアをそれ以上追いつめない。


いつかレティシアが話したくなったら、秘密を話してくれるかも知れないし、

たぶん……ずっとレティシアの秘密が聞けなくても、フェリスにとって、

この琥珀の瞳の姫君が、大事なことは間違いないから。


「レティシアの大好きな本だったの?」


「はい。もう、なくしてしまったけど、大事な本なのです」


くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、レティシアが言った。


それを見ていると、これからさき、レティシアのその手の中から何も失われない様に、レティシアがもう悲しい思いをしなくていいように、守ってあげたいな、と思った。


「フェリス様、お話に夢中で、ちっとも夕飯召し上がってなかったでしょう?」


お話に夢中だったのではなく、せっせと食べるレティシアがリスのようだな……

とのんびり思っているうちに、なんとなく食べたような気になっていたのだが、

また食べ忘れていたろうか。


「ラムゼイ料理長に、お夜食作ってもらったのです。一緒に食べましょう!」


レティシアの可愛らしい藤のバスケットはおしゃれではなく、

糧食が入っているとは……実用向きなんだな……とフェリスは感心していた。








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