第103話 竜王陛下は恋の神様

「マグダレーナがおかしな意地悪なんかするから、オトコマエのレティシアに、ますますうちのフェリスが骨抜きだな。まあ気持ちはわかる。勝気なお嫁さんは可愛いよなー」


「レーヴェ。覗き趣味は……」


フェリスが自室で少し書類を確認してると、竜王陛下がもくもく湧いてきた。


「でも呼ばれたぞ、オレ、ちびちゃんに」


「レティシアに……?」


「お願い、フェリス様の心を守って……! てレティシア、お祈りしてたから。オレの名前は呼ばれてないけど。もうちびちゃん、うちの子だから、ちびちゃんが祈ってるときは、オレの管轄だと思うんだよね」


「レーヴェは、義母上のところにも行ってあげてください。だいぶ壊れ気味ですから」


「マグダレーナはなあ……、オレの名前は呼ぶんだけど、オレのいう事は聞かないんだよ。まあ昔々、一番大事なステファンの心をお引き留めください、て祈られたときに、何もしてやれなかったしなあ……そもそもオレは水神であって、人間の色恋になんて、何の力も持たないからなあ」


「レーヴェは一部、恋の神様としても祀られてますよ。アリシア妃愛で名高いですから」


「そりゃオレ自身は千年変わらずアリシア命だけど、他人の恋になんて何の神通力もないわ」


「どんな願いも叶えてくれる万能の神を夢見てしまうのですよ、人は。……そう言えば、レーヴェ、リリア神に何か悪いことしました?」


「リリアに? いや何の覚えもないが」


「こう……リリアの僧たちは、我が国と違って、勧誘に熱心なのですが、我が国の民を勧誘する、何というか、文言が……呪いに満ちているというか……、」


「どんなのだ?」


「レーヴェが邪神で、ディアナの民はずっとあなたに騙されていて、私はその邪神レーヴェの化身なんだそうです」


「邪神の化身!? なんか凄いな!? 人を勝手に禍つ神にするなよ」


美貌の竜神様が美しい形に眉を寄せている。


「でしょう? そこまで清々しく呪われると、邪神の化身としては、やたら潜入させてくる傀儡や僧や魔術師を多少吹き飛ばしといても恨まれないよな、と逆に安心しますよね」


「おいおいおいフェリス。悪役の顔になってるから。レティシアに嫌われるぞ。

ちゃんと白馬の王子様しとけ」


「……自重します」


「リリアの僧は、昔からやたら布教に熱心なんだが、あの狂気じみてるとこが、オレは馴染まん。リリア自身は生真面目な女で、昔はそんな怖くはなかったと思うけどなあ。長らく逢っとらんが」


「昔、失礼なことしたりは……」


「してない。ふたりで共にこの幼い人々を導いていきましょうとは言われたけど、

オレはオレの手の届く範囲くらいの面倒しか見てやれんからなあ、て話したくらい」


「それは何か知らずに御相手の熱い思いを拒んでるのでは、レーヴェ……」


うろんげにフェリスがレーヴェを見上げる。


レーヴェは優しい神様だが、そもそも繊細さが足りない。本当に水の神様なのか? 炎とか万事一機解決系じゃないのか? てたまに疑いたくなるくらい。相手の言葉の裏を読む、なんてコミュ障のフェリス以上にレーヴェには出来なさそうである。


「何かこうね、知らずに、リリアの僧に深く恨まれるようなことをレーヴェがしてるんじゃないかと……」


「オレがモテるからじゃないか? うちは信徒拡大の意図はべつにないけど、ディアナの外にも、オレの信者はそれなりにいるからな」


「何処がいいんでしょう、こんな顔だけ竜……」


深刻な顔してフェリスが奇妙がる。ご本尊の神様と同じ貌で。


「うちは宗教にしては、ゆるいからじゃないか? オレのこと好きな子はみんなうちの子でもいいぞー、くらいのゆるさだからな。献金も帰依もべつにいらんし。偶像も作りたきゃ作りゃいいし。オレが嫌がるのは、閉鎖的になることと、坊主の儲けすぎくらいかな」


神殿や教会は無駄に豪華にせず、常に皆の帰りやすい家であること、と言うのが竜王陛下の宣託(遺言=死者の残した言葉)のひとつで、レーヴェの神殿や教会は何処の国にあっても、旅人や貧しい者や病める者の家でなければならない。


「レーヴェがモテてたり、ディアナが豊かだからといって、恨まれる理由にはならないと思うんですが……」


とはいうものの、そんな理由でも、人は妬む。


「リリアの神を抱くガレリアの王がひどく野心的な人らしいのですが、我が国としては、 地味にちょっかい出されて、うっとうしく思っています」

「フェリスはそういうことは、さくさく、人が気づかないうちに片づけられるのにな」


双子のような美貌の竜王陛下白い手が、そっとフェリスの金髪を撫でる。


「なあ、一緒に戦ってくれる、強くて可愛い花嫁が来てよかったな、フェリス」

「……はい……」


子供のように髪を撫でられるのが照れ臭くて、囁くような声でフェリスは応えた。


負けない誰かが、フェリスを義母上の狂った悪意から庇う。

そんな奇跡を夢見たことは、もうずっとなかったから、慣れない幸せに落ちつかない。




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