第102話 かくれ鬼の姫君

「ルーファス、女官たちを置き去りにして困らせたのですって?」

「は、母上、お耳が早い……」


御茶会から戻ってきて、ルーファス王太子は母に捕まっていた。


「そもそもあなたは、おばあ様のお茶会の招待も貰ってなかったでしょ!?」


ポーラ王妃は、両腕を組んでお説教の構えだ。


「叔父上と叔父上の花嫁がおいでになると聞きまして……これはぜひお祝いにと」


それは噂の花嫁を見たいと思うじゃないか、だいたいおばあ様もおばあ様だ、最初から呼んどいてくれればいいんだ、呼んでくれなくていいときばかり呼んでくれるのに、とルーファスはモゴモゴする。


「おばあ様も、フェリス様も困らせてはダメ」

「困らせてはいません。おばあ様は僕の訪れを大喜びしてくれましたし、叔父上のところに遊びに行くお約束も出来ました」


大収穫である。やはり、王子宮で女官と母上とばかり遊んでいても、幸せはやって来ない。よその宮に探しに行かねば。


「ホントに? おばあ様、お怒りじゃなかったの?」

「おばあ様は、また叔父上に意地悪して、場が微妙になったところに、僕の顔を見たので大喜びでした」


「………。意地悪の前にお邪魔して、意地悪する気をなくせればよかったわね。

王太后様はあなたには甘いから」

「……残念ながら、そこまでの力は、僕にはないです。が、叔父上の花嫁が…」


「レティシア様? 可愛かった?」

「可愛いのに、勇敢な姫でした」


あんなに小さいのに、レティシア姫は、恐怖のおばあ様に言い返したのだ。

綺麗な金色の髪に、琥珀の瞳。

叔父上の瞳の色のと同じサファイヤが首を彩ってた。


レティシア姫はルーファスとふたりでかくれ鬼をしてたのに、フェリス叔父上が戻ってきて、かくれ鬼は中止になり、その後、ずっと、レティシア姫はフェリス叔父上と手を繋いで歩いてた。


「あの姫、どうして、あんなに歳が違うのに、叔父上の花嫁になったのですか? 僕のほうが……ずっと、あの姫と歳が近いのに」

「どうしたの? 花嫁のレティシア姫が可愛くて、フェリス様が羨ましくなったの、ルーファス? いくら可愛いかったからって、いまからあなたの花嫁にもらい受けるのは無理よ」

「そ、そ、そ、そんなこと、僕は申しておりません! 何を言うのです、母上!」


ルーファスは真っ赤になって反論する。


羨ましくなどないとも! 

僕にあのちびをくれなどと一言も言っていないとも!

僕が女官たちに叱られているのに、ひとつのいちご水を仲良く二人で飲んでたんだぞ!


あのちびは、あんなに小さいのに、あんなふわふわして、いい匂いがして、いけないんだ! もっと大きくなったら、もっと美しくなって、もっと大変になるに違いない!


「きっとそうですわ、王妃様。私共、途中から御茶会に参入いたしましたので、

詳細はわからないのですが、フェリス様とレティシア姫はそれはもう仲睦まじくて、 生まれてからずっと共に育った美しい兄妹かとおもうほどの親しいご様子でした」

「もうずっと御二人でお手を繋いでいらして……フェリス様があんなに御令嬢にお優しい御様子は、初めて拝見しました。王太子殿下が、可愛いらしい花嫁が羨ましくなるのも御無理はありませんね」


「まあ、おもしろい。そんな珍しいフェリス殿下、私も見たかったわ。では王太后様のご機嫌はともかく、御二人は本当に、国王陛下の仰ってたように仲がよろしいのね」


「おばあ様は、ちび姫に叔父上の側妃を選べと言って、ちび姫を怒らせていました」

「それは………」


沈黙。


「怒るわね、結婚目前の幸せな花嫁としては。怒られて当然ね」


「王妃様」

「ポーラ様」


女官たちがくすくす笑いを堪えている。


「内緒よ。おばあ様には。……陛下がうまくとりなして下さるとよいけど。たぶん、おばあ様は御二人が仲良いのが御不快なのね」


「これから結婚するのに、仲が悪いほうがいいのですか?」


「おばあ様の心はいつも複雑なのよ。きっとフェリス叔父上が誰も愛さないのも、誰かを愛すのも、 誰かに愛されて幸せになるのも、どれも嫌なのね」


「さっぱりわかりません。とりあえず、僕にはどちらも大事な方なので、おばあ様はフェリス叔父上に意地悪をしないで欲しいです」


「本当にね。お優しい王弟殿下の我慢にもかぎりというものがあるわ」


「花嫁の姫のことも苛めないでやってほしいです。何しろ、あいつは、あんな、ちびなんですから」


泣きそうな顔で怒ってた。


おばあ様に、決して奪わせまいとするみたいに、叔父上の手を一生懸命繋いでた。


「……ルーファス、あなた、やっぱり、よほどレティシア姫、気に入ったのね」


「ち、違います! ぼ、僕は、お、叔父上の花嫁を、し、親族を、大事に思ってるだけです!」


最後まで、ふたりで、かくれ鬼したかった、とか。

あの手で見つけてもらいたかった、とか。


叔父上のところに遊びに行ったら、やはりあいつはいるんだろうか、とか

(そりゃいるよな)。


そんなことは思ってない。


あれは叔父上の花嫁で、僕の新しい家族が増えたから、ちょっとだけ、ちょっとだけ、気にかけてやってるだけだ!!


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