第96話 誰もがその場にいたとしても、何を想うかは千差万別
「フェリス様」
レティシアにドリンクを、とフェリスが歩いていると、美しい御婦人に呼び止められた。
「ご結婚お祝い申し上げます。先ほどの王太后陛下への御言葉、聞いておりましたすべての女子が胸を熱くいたしましたわ。これほどにフェリス様に思われて、レティシア姫、何と羨ましい」
五歳で嫁に来て、相手は十二歳も年上のうだつの上がらない王弟で、しかも変人。
婚家先の義母ときたら、結婚式の前から五歳児に側妃を選べと言い出す、もはや妖魔の女王みたいな人でもですか? とも言えず、フェリスは曖昧な表情をしていた。
いつも、何といったものだろう、と思って、結局何とも言えないのだが、結果ついた渾名が、氷の王弟殿下なのだが、氷も何も、口が下手なだけだと言いたい。下手というか、話ができない訳ではないのだが、何かと微妙な話が多すぎるのだ。
「ありがとう。幼い妃はこちらに不慣れなので、どうか優しくしてやってください」
「はい。私、レティシア姫を好きになりました。私よりずっと年下なのに、とても勇敢な方です」
「勇敢……」
御令嬢は輝く瞳でレティシアを褒めていて、嫌味という訳でもないらしい。
確かにレティシアは勇敢である。
いまだかつて、マグダレーナ相手に、いや!、と啖呵を切った人をフェリスは初めて見た。
「……結婚式がこれからなのに側妃なんて……て思いましたけど、怖くて誰も王太后様にそんなこと言えませんもの。私も着飾って参れと父に言われて参りましたけど、馬鹿みたい、フェリス様はわたしたちなんていつも目にも入らないのに、それに幾ら何でもお相手の姫様に失礼よ、ふざけた話だわ、と思ってました。レティシア姫がお断りになられて、正直すっきり致しました」
「何というか……、迷惑をかけたね」
「いいえ。おかげで姫への愛を語るフェリス様を拝見できました。竜王陛下がそこにいらっしゃるようでとてもお美しかったです」
レーヴェ……。
レーヴェなら何と言ったろう? もっとうまく言えたろうか?
いやでも、レーヴェ本人でもやっぱり、「いらん。オレの妃は一人だ。余計な世話にもほどがある。おまえは悪い酒にでも酔ってるのか? まあ少し落ち着け。水でも飲め」としか言わない気がするが……。
「みなフェリス様に愛されるレティシア姫を羨ましがって、だいぶ妬いてもおりますが、集められました私達も、御式の前にこれはやりすぎでは……と思っていたこと、知っていただきたくて。……もちろん、みな、フェリス様のたとえ一夜のお相手でもかまわない、と麗しの王弟殿下に恋焦がれておりますけどね」
「ありがとう。もしよかったら、レティシアが困っていたら、助けてやってくれると嬉しい。……どちらの令嬢だったかな?」
「レイス公爵家のクリスティーナと申します。……はい、殿下。わたくし勝手にレティシア様のファンになりましたので、私にできることなどささやかですが、御力になれたら嬉しいですわ」
何処まで本当かわからないが、王太后へのレティシアの振る舞いを咎められるのではなく、褒められるのは嬉しい。
たとえ、あの場の誰にも褒められなくても、フェリスにとっては、黄金よりも価値のある一言だったけど。
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