第97話 麗しの王弟殿下の光と闇について

初めて逢ったときの蒼白の表情でフェリスの前に現れたレティシアは、邪神の供物の幼い少女はかくもあらん、という有様だった。


齢五歳で、何もかも諦めてしまったような瞳が、フェリスに似ていた。


少し話してみると、レティシアは多様な表情を持つ、大人のようなことを言う少女だった。


よく笑い、よく食べ、いつも突拍子もないことを言い出す娘。


けれど、レティシアは、誰よりも強気な娘などではない。

格別、豪胆な娘でもない。


レティシアはただあの娘のせいいっぱいで、フェリスの為に王太后に抗ってくれたのだ。


(フェリス様の心はフェリス様のものです!)


この国で、十七年間生きて来て、まさかの、あんな小さな娘が、フェリスを義母から守ろうとしてくれるとは…。


「嘘みたいな話だな……」


レティシアを褒めてくれた令嬢とわかれて、御茶会のゲストを見渡す。

明るい陽光の下で笑いさざめく、着飾った美しい遠い人々。

どんな美しい女にも男にもフェリスの心が動いたことはない。


それはフェリスが、誰も自分と似てるように思えなかったからだ。

竜王陛下の血が、どうこうと言うのではない。

誰もかれもがフェリスから遠く思えて、恋などという気持ちを覚えたことがなかった。


フェリスだけは、何か、人としてきちんと生まれ損なった化け物か何かのような気持ちだった。


レティシアには笑い話として話したが、魔法省の塔を壊したときに強く思った。

子供の頃は無力さに苛立っていたが、長ずるにつれ、学ぶにつれ、フェリスは、意図することなく、ほぼ何でもできるようになった。


人より強いフェリスの魔力を、これ以上高めて、どうしろと言うのか?


いまだとて義母上の不愉快な仕打ちを受け流して生きてはいるが、やらないだけで、

きっとフェリスは跡形もなく、マグダレーナをこの世から消すこともできる。


恐らく、右手ひとつ捻る必要さえないたろう。それに気が付いた時、むしろ怖くなった。


この魔力が、フェリスの身体に流れるレーヴェの血の力だとしたら、きっとディアナを守るために使うべき力だろうと、基本的にディアナの為にすべての力を使っている。


でもときどきひどく空しい。


フェリスは何の為に生きて、いったいこれは誰の為にやっていることなんだろうと……。


さっきも。王太后の言葉に、怒りのあまりに、箍が外れそうになった。


フェリスは、自分がされて嫌だったことを、他人にしたいとは思わないが、マグダレーナは父が側妃を持ったことをあんなに恨んだ癖に、フェリスに側妃を持たせたいらしい。


意味不明すぎる。


それで、その側妃に、フェリスの子でもできれば、また義母上が困るんだろうに。


血の気が引いていくような、この世にフェリスを繋ぎとめている糸が切れていくような気持ちでいたら、レティシアの白い手に、手をぎゅっと握られた。


あたたかい、ちいさな手。


レティシアは魔力が強いから、なにがしかフェリスの身に異変を感じたのだろう。


この世にフェリスを繋ぎとめる、あのしろいゆびさき。


レティシアは親を失っただけでなく、それまでにも、ひどく苦労をしているようなのに、どうしてあんなにゆがんだところや、よどんだところがないんだろう……?


小さくとも、フェリスがレティシアの年頃には、もうだいぶやさぐれかけていたが……。


「フェリスさま」


レティシアの指先に指をふんわり繋がれて、レティシアの優しい声で呼ばれると、

不思議と、フェリスもちゃんとした人間のような気がしてくる……。




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