第92話 願わくば、竜王陛下のように

「おやおや。大人びたご挨拶ができても、サリアのお姫様は、やはり、まだまだ幼くていらっしゃる」


呆れたように王太后が言った。


いや、違うでしょ。それは幼いとか、幼くないとかの話じゃないでしょ!


竜王陛下だって浮気しない人だったから、ディアナの女の子はみんな竜王陛下みたいな夫が憧れって、一昨日ちゃんと習ったからね!! 


騙されない!!

そんな側妃はいて当然でお話進めないでもらいたい!


だいたい私は、もしフェリス様が、他のお妃迎えるなら、そのときにはお傍は辞したいのよ! 名前だけの正妃といっても、同時進行は嫌なの!


「王太后様、王弟妃殿下はまだ本当に幼い方ですもの……致し方ありません」


王太后の仲良しなのか、綺麗な令嬢が、場を持たせるように言葉を挟む。


本当に幼い方で悪かったわね!  

子供の情操教育に悪い話しないでよ!


「レティシア」


「はい? フェリス様?」


ああもっと、口の達者な人ならいいのにー!!


いいえ、お義母様の仰ることはおかしくて、礼儀がないです!! て言いたい。


でも、あんまり王太后に口答えしたら、 フェリス様に御迷惑なんだろうか? と悩んでたら、フェリス様が、ちょっといつも宮にいるときみたいに笑いを堪えてた。


あ。よかった。フェリス様、無事だ。死んでなかった。生きてた。


(なんだろう……物理的にじゃなくて、フェリス様の心の何かが、死んじゃう気がしたの)


「そこは、フェリス様の心はフェリス様のもの、じゃなくて、僕の心はレティシアのもの、て言ってくれないの?」


神々しいフェリスの微笑。


これは……いつもの……レティシアの発言の何かがツボに入って、大笑いしたいときのフェリス様だ。ここで大笑いはマズイと思うけど、フェリス様がお元気そうで何より!


「そん、な、烏滸がましいことは申しませんが、ただ……!!」


フェリスがレティシアの手を取り、そっとくちづけた。

優しい騎士のくちづけ。


「義母上、ご存じの通り、私は不調法な男で、いままでについぞ浮いた話もございません。その私が、義母上の薦めで、ようやくこの可愛い妃を迎えたと思ったら、そのうえ側妃などと、とんでもない冗談にしか聞こえません」


笑っているのに、取り付く島もないような、フェリスの声。

完全な拒否。


「だが、フェリスよ……」


「私は母と義母上を見て育ちました。ゆえに、父上のような恋はしたくありません。恋多き男でもないのに、誰かを傷つけるような恋はしたくない。……願わくば、私は、レーヴェ竜王陛下のように」


竜王陛下、と、フェリスが口にすると、王太后は息をのんだ。


「たった一人の愛しい妃を、永遠に大切にしたいと思っております」


もう、そう語るフェリス様が、物語の王子様そのままで!

いまこの瞬間にカメラが欲しい! とレティシアは、この状況を忘れて思ってしまった。


そう思ったのはレティシアだけではないらしく、居並ぶ御婦人方から、ほう、と何とも悩まし気な溜息が漏れる。


そうなの。フェリス様って、本人の中身は恋愛音痴らしいけど、御姿はそれはもう恋の化身みたいな人だから……。


「誰でも若い時はそう思うものよ」


馬鹿馬鹿しい、と言いたげにマグダレーナが吐き捨てる。


「兄上も、ポーラ妃御一人を大切にしておいでです。義母上が、大切に兄上を育てられたからだと思いますが。それに竜王陛下はずっとアリシア妃のみを大切にされました」


たぶんフェリス様は、他ならぬ義母上からだけは、側妃の言葉は聞きたくなかったんだなー、とレティシアは繋いだ手から感じた。


(というか、いつまでもこの手を二人で繋いでていいんだろうか…)


「まして私は兄上と違って、御世継をなす身でもありません。ご心配はまるで無用です。……私はいま、このレティシアに夢中ですので」


それは主に、話してると、レティシアが変なこと言って、おもしろいからなのでは……?


「新婚早々、側妃など選んで、一人で遠くからきて心細い思いをしている、可愛い妃に嫌われたくありません。義母上、どうぞ、私たちのことは、御放念ください」


フェリスがそう言ったので、王太后様はまだ何か言いたげだったが、側妃の話はそれでおしまいになった。


マグダレーナ王太后の不機嫌もさることながら、あまりにもフェリスが公然と、異国から来た妃への愛情を述べたため、レティシアは知らずに、ディアナの独身のみならずの御令嬢方の恨みを買うことになる。


(王太后に口答えした小さなレティシアの果敢な心意気は、密かに皆に評価されたのだが、フェリス本人の知らぬフェリス人気が暗然と高いので、フェリス最愛の姫君登場となると、なかなかにその姫が女性人気を勝ち取るまでには遠い道のりがある)


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