第91話 あなたを守るちいさな白い指先

「それは何より、どんな美姫にも心を動かさぬと言われた我らが王弟殿下の心を、

こんな可愛らしいまだミルクの匂いがしそうな姫が動かそうとはの」


ミルクの匂いは、しないと思うのよ。

だってそこまで、ミルク好きじゃないもん。

紅茶とかいちごとかのほうが、まだ匂うかも。


ああ、なんだか、せっかく綺麗に梳いてもらった金髪が毛羽立ってきそう。

ここ、乾燥してるのかな……、空気が薄いかんじ。


「それはそうと、レティシア姫はまだまだ幼い。二人はしばらく白い結婚となろう。フェリスよ、レティシア姫のお眼鏡に適う側妃を選んでもらってはどうだ?

こういうことは、正妃の気に入る者を選んだほうがうまくいくゆえな」


そくひ?


え?

え?

ええええええええー!?

何を言ってるの、このお義母さま!!


もちろん、我が推しフェリス様が、いつの日か運命の恋に落ちられたら、レティシアとて身を引く心の準備はあるものの、そんなメロンでも選ぶみたいに、レティシアにフェリス様の愛人を選べって……それはフェリス様と運命のお相手の心が選ぶことで、このお義母様の決めることじゃないでしょ!


だいたい、本日、結婚の最初の挨拶に来てるのに、王太后からお茶に呼び出しといて、何なのその最悪な嫌がらせ!


いくらレティシアでも、ここに、ちゃぶ台があったら、ひっくり返したいー!!


(このサイズのレティシアにひっくり返せるの、せいぜいサイドテーブルだけど!)


フェリス様とレティシアと側妃(未定)の人権はどうなってるんだ!


「義母上」


王太后からの側妃を選んではどうか発言に、御茶会のゲストたちのざわめきも最高潮だが(一部きゃあと色めき立ってる令嬢方までいる……)、


フェリスの声が地の底までも冷えていく。


「何ぞ、フェリス? そなたの母君ほどの美姫はおらぬが、ディアナの美しき御令嬢たちがここにはおるぞ?」


何もこんな時に、フェリス様のお母様まで引き合いに出さなくても……!!


(………あ、だめ……、なんか……だめ)


フェリス様の心が、遠く行ってしまう……、レティシアから遠のくんじゃなくて、

なんというか、……ダメ……ダメなかんじがする……。


レティシアが、両親を失って、もう何もかもどうなってもどうでもいい、

と思ったときの虚無感のようなものが、隣にいるフェリスから伝わってくる。


無作法だとは思ったけれど、レティシアはフェリスの上着のレースの袖をそっと掴む。


ふと、フェリスと眼があった。碧い碧い、凍てついた、冬の海のような瞳。さっきまで、春の空みたいな、透き通った碧だったのに!


「いや!」


な、何か言わないと。

フェリス様の心が凍ってしまう。


慌てたあまり、いや! だけ言ってしまった。

王太后も、なんだこの小娘は? と言いたげに見下ろしている。


レティシアの人権はこの際もうどうでもいいけど


(そもそもお義母様的にもともとレティシアに人権はなさそう)、


早く、こ、このお義母様の毒気を祓いのけないと……、フェリス様の心が死んじゃう。


「私は、いやです! 側妃など選びません!フェリス様の心はフェリス様のものです!」


ああ。ここは正妃的に、私のものです!


と言うところかも知れないが、いま一番思ってることが、口から出てしまった。


やめて、お願い。

フェリス様の心を壊さないで。


震えるちいさな指先で、フェリス様の小指を繋ぐ。

大切な人の心が、何処か遠くへ、行ってしまわない様に。

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