第71話 王弟殿下は眠れる姫君の部屋を訪れる

 「レティシアが倒れた? 今日はマーロウ師の魔法の授業だったのでは?」


 フェリスが誰かを大切に思うのは、随分久しぶりのことだ。


「は、はい、フェリス様。レティシア様は、大変熱心に授業を受けてらっしゃったのですが、魔法の実践の授業で、魔力の制御がうまくいかなかったらしく…」


 フェリスはレーヴェみたいに無敵でも最強でもないから、誰かを大切に思うことは、怖い。


「初日から、そんな大技を習ったんだろうか? もっと初歩的な講座だと思ってたんだが…」


 大切な人は、いつも傷つきやすくて、失われやすいから。


「それで、レティシアの容態は?」


「大事ありません。お医者様も、マーロウ師も、疲れて眠っていらっしゃるだけだと仰られました。マーロウ師からはフェリス様にお手紙をお預かりしてます」


「ありがとう」


 手紙を受けとり、レティシアの部屋へと足を向ける。


 勝手にかまうな、とけん制しておいて、なんでレーヴェは、こんなときにレティシアをちゃんと見ておいてくれないんだ、と苛立つという…。我ながら、身勝手この上ない。


「フェリス様?」


 レティシアの寝室の前で悩んでいるフェリスを、女官のサキとリタが促す。


「眠っている女子の寝室に、勝手に立ち入っていいものだろうか…?」


 そもそも、ここはフェリスの宮なのだが、フェリス自身が己のプライベートをぜひとも死ぬほど尊重してもらいたい人間なので、他人のそれも大事にしたい。


「………。フェリス様は、レティシア様の夫になられる方です」


「それは、そうだが…」


そんな、国と大人達の都合で勝手に決められた夫に、何でも勝手にされたら嫌だろう、と思うのだ。その点では、少しは安心感を与える?かも知れないので、わりと女性に好かれるほうの顔でよかったかもしれない、と最近やっとフェリスは思っている。


「どうか、お傍にいらして差し上げて下さい」


リタが躊躇うフェリスをそっと促し、寝室のドアをあける。広い広いベットに、レティシアは一人で眠っていた。レティシアの隣には、くまのぬいぐるみがいる。


あれはフェリスが贈ったのだが、レティシアは気に入ってくれたらしくて、とても喜んでくれていた。


レティシアが喜んでくれたので、フェリスとしても、ほっとした。


何といっても、フェリスは、生まれてこのかた、女の子の機嫌をとろうと思ったことがない。なので、女の子が何を喜ぶのかわからない。


女の子、というか、女性である義母上の機嫌はいつもとろうとして、長い年月、ずっと失敗し続けた。


もう自分には、女性の機嫌をとる才能はないのだと諦めて久しい。


「……ん…、…ん……」


レティシアが魔法の鍛錬に疲れて悪夢でも見ているのなら、それこそ魔法で払ってあげよう、と思って、フェリスは、レティシアのベッドに近づく。

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