第68話 かくあるべき貴族のお姫様とは


「ディアナの国の方、すべてが、水の属性を有してらっしゃるのですか?」


「いや。レーヴェ様のお膝元だから、水属性の者がよそよりは多いというだけで、土の気の者も、火の気の者も、風の気の者も、もちろんおるよ」


穏やかに、マーロウ先生が続ける。


「それぞれの物質を構成する元素の性質を理解することで、それらを扱えるようになる」


マーロウ先生の手がテーブルの上に差し出されて、その中に、ぽうっと明るく、炎が灯った。炎は小さな球になり、勢いよく燃え始める。


「……先生! 大丈夫ですか!? 熱くないですか!?」


うう、魔法の火だから、熱くはないの? 

でも、あんまり勢いよく燃えてるから、先生の指が心配……。


「大丈夫。これはわしが燃やしてる炎だから、主のわし自身を傷つけることはない」

「そ、そうなのですか」


ぽう、ぽうと、マーロウ先生は、炎の球をいくつか増やしてくれた。

魔法学のお勉強の灯りがわり!?


「ディアナでは火の魔法を扱える者は少ないから、火魔法を覚えるとすぐ出世するよ」


「やはり、水魔法が得意な方が多いのでしょうか?」


「左様。水の魔法が得意な者が多いし、レーヴェ様の気に満ちたこの土地では、水の魔法は発現しやすい」


「なるほど……。例えば、砂漠では、水の魔法は使いにくいってことでしょうか?」


「正解。ねぇ、レティシア姫。サリアのこんなちいさなお姫様が、どうして、砂漠なんてものを知ってるんだい? ここから遠い遠い国に確かに砂漠はあるのだが……、あんまり貴族の小さいお姫様が詳しい話ではないんじゃが」


マーロウ先生が、不思議そうに、そしておもしろそうに、レティシアの顔を覗き込んでいる。フェリス様を思い出させる、魔法を使う人の青い青い瞳。


「………!!」


口に手をあてる。いけない。そうなのか。


うう。

サリアでは、普通の少女らしい言動を、と一応気をつけていたのだけれど、こちらに来て、「普通」を気にするのを忘れて話してても、フェリス様が奇妙がったり、聞き咎めたりしないものだから、「普通の貴族の少女っぽい、かくあるべき姿」の擬態をすっかり忘れてしまってた…。 


あれ? よく考えると、なんで、フェリス様は、何も、レティシアを奇妙がらないんだろう?


マーロウ先生の不思議がる反応の方が普通だよね、きっと。


フェリス様御自身が竜の血を受け継ぐ、不思議な血族の方だから?

そもそも、フェリス様が変わった方だから? 

ただの、変わった子レティシアに対する思いやり?


「私、本を読むのが…とても好きで…」


落ち着いて。深呼吸して。

何もマーロウ先生は、変なこというな、て、レティシアを責めてる訳じゃないんだから。


(さんざん、サリアで、奇妙な王女、気味が悪い、って白い目で見られたトラウマが疼くけど…)


いまは、ただ、どうして? て優しく尋ねられただけ。


「ほう」


「サリアでも周囲に不気味がれられるほど、本を読んでいたので……、砂漠のことも、本で読みました」


「左様ですか。それは、随分と、書物を読み漁ったと拝察致します。……本好きの博学のお姫様は、フェリス様にはぴったりですの」


「……フェリス様は、私に、ここでは、本をたくさん読んでもいいって言ってくださいました」


御顔が綺麗なことより何より、それが一番、レティシアが、フェリス様、いい人だー、好きだー、と思う理由。


(御顔はあまりに綺麗すぎて落ち着かないので、もうちょっと綺麗すぎなくてもいいくらい…)


「それは、ああ見えて、フェリス様も本の虫だからでしょうね。昔よく、少年の頃、舞踏会の予定などを忘れて、魔法省の図書室にも引き籠ってらっしゃいましたよ。気になった本を読むのに没頭されると、他のことを忘れてしまわれるらしくて」


うんうん、と言いたげに、マローウ先生の作った炎の球たちが揺らめていいる。


「そうなんですか?」


マーロウ先生の言葉で、大きな魔法書の山に埋もれてる、ちいさいフェリス様が浮かんで可愛い。


こちらの世界の本て、そもそもわりと大きくて、子供の手には重いのだ。

元の世界みたいに軽い紙は、まだ生まれてないからだろうけど。


じゃあ、フェリス様、魔法省の図書室行けなくなったの、残念なんじゃないかな?


それこそ、そこにしかない魔法書とかたくさんありそう…。


こっそり魔法で行ってたりするのかな…?


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