第64話 食事とお菓子の話



「あの…、フェリス様……、フェリス様ってば、まだ笑ってます? そんなにおかしかったです?」


フェリスの人生で、二日続けて、こんなに笑ったことは、ないかも知れない。


(そんなに笑いが多めの人生ではないので)。


だいたい、男同士の約束って、何処から出てきたんだろう?


朝一から、レーヴェの絵は飾りたがるし、誰もフェリスに聞かないような微妙な質問はしてくれるし、フェリスの花嫁殿は、何が飛び出すかわからない、凄い飛び道具入りのびっくり箱のようだ……。


「フェリス様、何かお飲み物をお持ち致しましょうか?」


「うん。水かな……、そして、レティシアにデザート持ってきてあげて」


「畏まりました」


レティシアは、お喋りしながら、生真面目な小動物のように、せっせと嬉しそうに朝食を食べている。


何ということもない朝食を、こんなに嬉しそうに食べられるのは、女の子ってどうなってるんだろう?


人間おもしろいもので、目の前でこんなに一生懸命食べている人がいると、いつもべつにとらなくてもいいと思う朝食も、つい動作を真似して食べてしまうものなんだな…と。


「朝からデザート食べてもよいのでしょうか?」


「? サリアではデザートは午後からと決まってるの? まあ、ディアナは夜中にもケーキ食べる国だから、よそより食べ過ぎなのかな…」


ディアナは菓子類の輸出国でもある国なので、他国より生産量のみならず消費量も多いかもしれない。


ディアナ人は人生を愛するように、子供から大人まで、御馳走とお菓子と酒を愛している。フェリスのように、食に興味が薄いなんて人間は、少数派この上もない。


「夜中にケーキ! 禁忌の味がしそうです」

「禁忌ってそこに使う?」

「変ですか?」

「うーん。そこまで禁断ではないね、ディアナでは普通だろうな」


昔から、フェリスは、夜中に本を読むのに、よくチョコレートを齧っていた。

いろいろ食べるより、手軽だったから。


「フェリス様は、食事が面倒だと、御菓子で熱量をとろうとなさるんです。これからは、ぜひ叱って差し上げて下さいね、レティシア様」


「サキ。そんな話を……」


「それはダメです。フェリス様。御菓子は特別な御褒美ですが、御食事とお菓子はべつのものです」


こんなに小さい人に、怒られてしまった…。


「結果的に、熱量を得られて、身体が動けばよくないか?」


効率的だと思うんだが……。

とはいえ、僕だって、レティシアが食事でなくお菓子ばかり食べてたら注意するが。


「ぜんぜんダメです」

「ですよね、ですよね、レティシア様!」


我が意を得たり、とサキが、レティシアの言葉に喜んでいる。

なんとなく、強敵になりそうな予感……。


「本日のデザートは、さくらんぼとホワイトムースのゼリーでございます、レティシア様」


幸運なことに、フェリスの旗色が大変悪くなってきたときに、ちょうど給仕がデザートを持ってきてくれた。


「可愛い!」

「お気に召して、よかった」


レティシアが瞳をきらきらさせている。

うん。確かに。

これくらい喜んでくれると、作る者もさぞや嬉しかろう……。


「フェリス様、お水と、御口直しに、冷たい桃と紅茶のセパレートティを」

「ああ、ありがとう」


そうか。

フェリスにはあまり経験がないけど、食事って、たぶん、こんな風に、にぎやかに楽しむものなんだな。


「フェリス様、さくらんぼ、美味しいです」

「レティシアのお気に召して何よりだよ」


普段からは考えられないほど、朝食で熱量を消費した気がするけれど、

不思議と不快ではないフェリスであった。

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