第55話 家族のこと
「うわーん、くまちゃん、やらかしたー!」
私室に戻って、レティシアはベッドのなかで、ゆったりした白い部屋着で、くまのぬいぐるみに抱き着いていた。
「変なこといっちゃったよ…、 きっと、フェリス様、変な子だとおもったよ…、
いや、変な子ではあるんだけども…。ああああ、私のばかばかばか」
さめざめ。
どうして、あんなこと言っちゃったんだろう。
ただ、ああ、ごはん、ごはんが…。
「くまちゃん、くまちゃん家の…フェリス様ん家のごはん美味しいよ。なんだかね、お父様やお母さまが天に召されてから、サリアで食べてたごはんは、凄く不味くなったよ…」
ごし、と、レティシアは何となく落ちてきた涙を拭く。
日本から、この世界に生まれ変わって嬉しかったことは。
王女様に生まれたことより、若いお父さんお母さんが生きてることだった。
雪のお父さんとお母さんは、雪が十七歳のときに交通事故で死んでしまった。
受験勉強するからって、雪だけ家に残ってた。
買い物に行ったお父さんとお母さんの乗ってた車が、居眠り運転のトラックと衝突した。
警察の人が、遺体が悲惨だから、娘さんに見せない方がいいって言った。
昨日まで幸せな三人家族だったのに、嘘みたいな終焉の話。
もしも何かあったら、雪の為に、と二人が保険をかけてくれていて、雪は両親の残してくれたお金でちゃんと大学に行ったけど、二人がいなくなってからの十年をどうやって過ごしたのかよくわからない。
頑張って、大学に受かっても、頑張って、希望していた会社に入れても、やったね、今夜はごちそうするね! てはしゃぐお母さんも、何か雪の喜ぶプレゼントを…と探しては失敗するお父さんも、いなくなった。
雪の家族が、初めからいなかったみたいに、誰もいなくなってしまった。
「フェリス様、凄くいい人だったよーて、サリアのお母様に教えてあげたいな…びっくりするね、きっと。私の小さなレティシアが結婚なんて、早すぎる、て」
サリアに生まれ変わって、見慣れない異世界に戸惑いながらも、優しい父様と母様のもとで大事にしてもらって、毎日幸せだった。
なのに……。
「両陛下のご遺体から、レティシア様に流行病がうつってはいけませんから、姫様…、ご遺体との御対面は…」
「いやよ! うつってもかまわないわ! 私も死んでもかまわない! お父様とお母さまにご挨拶をさせて!」
どうして二度目の人生も、この手は、いちばん大事な人を守れないのだ。
何故、いつも、最後に逢うことすら、できないのだ。
「なりません、姫様。両陛下の御意向です。あの子がどんなに泣いても、何があろうとも、レティシア姫を遠ざけるように。必ずや、レティシア様の身を守るように、と。何があっても、生き残るように、レティシア姫に伝えるように、と」
家族縁が、薄いのかもしれない。
せっかく異世界まできて、幸せな家庭に生まれ変わっても、こんなめにあうんだから。
泣き続けて、呆然としていたら、フェリスとの縁談の話がきた。
ちっとも生きる気力は湧いてこなかったが、レティシアの結婚が、サリアの国の役に立つと聞いて、それはいい話だ、せめても、自分でなくても、誰かの幸せの役に立てばいい、サリアにいても邪魔にしかなれないようだし、と花嫁の輿に揺られてきた。
「……くまちゃん。大丈夫だよね。あんなに綺麗なフェリス様には、竜王陛下の加護があるよね……だって、あんなにそっくりなんだし…」
不安になる。
ごはんはちゃんと食べて欲しい。
(ただの怠慢だとフェリス様は言ってたが)
元気でいて欲しい。
死なないで欲しい、もう誰も。
(努力するよ。できるだけ、レティシアより、早く死なない)
言葉にならないほどのレティシアの哀しみに、何も言わずに、気が付いてくれて、そう約束してくれた。
あの優しい、レティシアの新しい家族を、あなたにそっくりなフェリス様を、
お守りください、慈愛深きディアナの守護神、竜王陛下。
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