第43話 きっと、我儘を言うのが下手なのだ

「……のせいで」


「ん? 何だね、レティシア姫」


「この顔のせいで、人に嫌われて困る、て、笑っておいででした。昨日、初顔合わせのとき」


あれは嘘ではなかったんだ。


レティシアを笑わせようとしてたんではなくて、あの綺麗な人は、本当のことを言ってたんだ。神話の神様みたいに美しいのに、孤独な影の見える婚約者様。


何でだろう?


不思議。

本物の神様の竜王陛下のほうが、フェリス様より、よほど人懐っこそうに見える。


まあでも、描いたのは、後世の画家だろうから、現実の竜王陛下というよりは、多くは、人々の幻想の中の竜王陛下なのだろうけれど…。


「好かれすぎて困る、と言って過言ではないと思うが」


先生は悪戯っぽく笑った。


妙に安心。

フェリス様の子供の頃からの先生がよさそうな人で。


「王弟殿下は、人あしらいが苦手でいらっしゃるから、過剰に好かれるのも嫌われるのも、どちらもうまく扱いかねて、困惑、なのだと思うよ」


あれ……?


そう言えば、今朝、誰かが…


(性格は全然似てないのに、顔だけオレに似て派手だから、可哀想すぎるな)


て言ってた……。


あれ、何だったんだろう? 


う、うん?

フェリス様が似てるのって、竜王陛下……?


「天性の人たらしの竜王陛下に 御気性も似てらしたら、フェリス様も、もう少し、楽なのだろうけどねぇ」


「きっと……、もう少し、フェリス様が我儘を言うべき! ということですね」


「我儘を?」


なんだか、ランス先生が、白い御髭をぴくぴくさせている。


ん?


先生? もしかして、笑いを堪えてる?

へ、変なこと言ってるかな、私?


「フェリス様、きっと、いろいろ気を遣ってご遠慮しすぎで……竜王陛下のように我儘に、己の望みに正直であるべし! ということかなあと……」


幻聴もそう言ったし。

もう少しうまくやればいいんだ、って言ってた。


「そ、そうだね、姫」


「な、なんで涙ぐんでるんですか、先生。違ってました?」


先生ー!! 泣くほど笑うってどういうこと!?

そんなにはずした!?


「いや、違ってない。レティシア姫は正しい。王弟殿下はもっと我儘を言っていい」


「先生ー、賛成なのに、なんで笑うんですかー」


「いや、おかしいやら、可愛らしいやら。こんなに小さな人が、まっすぐに、一番正しいことを言うんだな、と」


小さくはないんですよ、本当は。

中身は、見かけよりはちょっと老けてるんですよ。


「失礼ながら、遠方よりいらした姫の幼さを、私は少しばかり、案じておりましたが、何の何の、王弟殿下のところへ、よき方がお嫁に来てくれました」


「は、はあ…」


めちゃくちゃ笑われたけど、喜んでくれてるみたい。

それは何より。


ごめんね、先生。

大事な愛弟子の花嫁、小さいうえに、中身がちょっと怪しい姫様ですけど。


「レティシア姫の明るさや、清らかさが、末永く、王弟殿下を守ってくださいますように」


何故か、ランス伯から、膝をついて正式な騎士の礼を頂いてしまい、慌ててレティシアは居住まいを正す。


「こちらこそ。王弟殿下の敬愛するランス先生が、ずっとフェリス様と未熟なこの我が身を導いて下さいますように」


レティシアは、今朝習ったばかりのディアナ風の所作で、ランス伯爵に祝福を与えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る