第40話 この世界でたった一人


「ディアナというのは、フローレンス大陸の右側に位置する国だ。その昔は、哀れな、みずぼらしい、呪われた大地と言われていたのだよ」


午後からの先生は、立派な白髭を蓄えたロマンスグレーだった。

優雅なお辞儀の仕方や歩き方を教わった午前中と違い、机に座っての座学である。


「いまの姿からは、想像できません」


レティシアが知っているのは、祝福された王国、大陸でもっとも豊かな国、誰もが憧れるディアナだ。


「そうだねぇ。痩せた荒れ地で、泥だらけで戦っていたアリシア姫を、レーヴェ竜王陛下が助けてから、この世界はディアナに優しくなった。戦に負けることはなくなり、ディアナの農地は豊かになり、商業も栄えるようになった。よその国から見下されることもなくなり、ディアナの民はやがて失っていた自信を持つようになった。愛や喜びや誇り、挑んだことに失敗しても何度でも挫けず立ち上がる強さ、それまで夢にさえ見られなかった、いろんなものをレーヴェ様は、貧しかったディアナの民に与えて下さった。ディアナには竜王陛下の絵姿や銅像がとても多いのだが…」


「はい。街中に竜王陛下が溢れていると、お聞きしました」


もう少し慣れたら、ディアナの街に行ってみたいなあ。


「あれは、栄えてのち、どんなに時を経ても、ディアナの民は、竜王陛下への感謝を忘れない証なのだよ。この世界でたった一人、レーヴェ竜王陛下が情けをかけて、辛抱強く支えて下さるまで、この地はよそから見向きもされない貧しい国だったのだ」


「竜王陛下は、アリシア妃をとても愛していらしたとお聞きしました」


そおかあ。

竜王陛下、何もお美しいから、絵姿が愛されてる訳じゃないんだね。

貧しかったディアナを裕福にしてくれた建国の大恩人なんだね。


「そう。隣に私がついていないと、この姫は、本当に無茶苦茶をするから、と笑ってね。


ディアナの娘たちは、みな、いつか、レーヴェ竜王陛下のような愛情深い夫と連れ添いたいと思って大きくなるのだよ。アリシア妃はとくだん絶世の美姫ではないので、それもまた多くの少女たちの希望の星であり続けるね」


「せ、先生…」


真面目な顔して、何を言ってるんですか。

確かに、タペストリーで拝見したアリシア妃は、可愛らしい自然なかんじの方で、神をも惑わす美姫!という描かれ方ではなかったけど…。


「午後の授業は眠くないかい、レティシア姫」


「いえ、全然。お話楽しいです」


竜王陛下のお話も楽しいし、昨日、久しぶりに、とってもよく眠れたのだ。

きっと、あのフェリス様のプレゼントのくまのぬいぐるみと、図書宮の鍵のおかげ!


ああ、いつ、図書宮行けるかなー。しばらく忙しいのかな?

でもあの鍵を貰ってるだけで、果てしない安心感!


「私の講義を眠たがらずに聞いてくれるなんて、小さい頃の王弟殿下を思い出すよ」


「先生は、小さいころのフェリス様も教えてらしたのですか?」


小さいフェリス様!! 可愛かったろうな~!!


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