第38話 幸せな姫君
「王弟殿下。ご機嫌麗しゅう」
えーと。誰だったかな。
この御婦人は。
フェリスは無表情のまま、呼びかけられた貴族の御婦人に応じる。
いつも影のように付き従ってくれるレイを宮においてくると、こんなとき不便だ。
とはいえ、レティシアを一人にするのも心配で、最も信頼しているレイに任せてきた。
(変な教師が来たら撃退するように)
フェリスも多くの家庭教師をつけられたが、博識で、学ぶということの楽しさを教えてくれる者もいれば、ただもう苦痛で無駄としか想えない時間もあった。
後年、想うに、あれは学習の内容より、教師と波長があうかどうかが大きく影響してると思う。
「サリアからの麗しの花嫁ご到着とのこと。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
御婦人の好奇心に満ちた猫のような瞳が、フェリスを見上げている。
その昔、小さかった子供の頃は、後ろ盾のない王宮の孤児に向けられる、こういう貴族の好奇や冷やかしの眼が、本当に苦手だった。
でも、いまは、昔より大人になった。
無遠慮で無神経な貴族たちに、上から見下ろされる機会も減った。
フェリス自身の背が伸びて、フェリスの視線の方が、上にある。
これだけでも、心理的にだいぶ違う。
「サリアの姫様は、こちらに不慣れでございましょうから、どうか、妃殿下の数あるお話相手の一人として、私共にもお声かけ下さいませ」
なるほど。
そんなリクルートもあるのか…。
「ご親切に。妻がディアナに慣れるように、御力をお借りすることもあるかも知れません」
うちの宮は、僕しかいないから、貴婦人のことはさっぱりだからなあ…。
「フェリス様。ディアナで当節流行りのドレスでしたら、シャルル伯爵夫人にご相談なさるのがよろしいですわよ」
「当節流行りのドレス…。そうですね、レティシアは、目下、レーヴェの話に興味津々のようですが…」
ああ。
こんなこと言ってたら、レーヴェが喜びそうで嫌だ。
「竜王陛下のお話に? まあ。お小さいのに、勉強熱心な方なのですね」
そうかも。
図書宮の鍵のプレゼント、よほど嬉しかったのか、今朝、凄く凄く力を込めて御礼言われたし……。
「レティシア様は、幸運なお姫様ですね。こんな美しい、優しい殿方と御縁を結ぶことができて。王弟殿下に憧れるディアナ中の娘たちが羨ましがりますよ」
「どうでしょう。ずいぶん歳が離れてますから、私との暮らしが苦痛にならぬよう、配慮してあげたいと思っています」
「まあ、フェリス様。十二歳なんて、ほんの、ひとまわりです。そんなに違いませんわ」
いや?
そこは、だいぶ違うと思うぞ?
「私なら、国同士の為の婚姻で、こんな素敵な婿君と出会えたら、きっと、毎日、レーヴェ様に深い感謝の祈りを欠かしませんわ」
「慣れないところで、寂しい思いをしないといいのですが……」
結局、あまり、この御婦人の話に内容はないようなんだが、ここは、新婚の身として、結婚を祝ってもらってることを穏やかに喜んでおかないと、王弟殿下は結婚がご不満で御不快そうだった、レティシア姫の話をするのさえ嫌そうだった、などと自由に創作されかねないからな…と、フェリスはお相手をしていた。
それにしても確かに、レティシアが御婦人方の会などで、気まずい思いをしないように、流行りのドレスなども、ちょっと気にかけてあげないとだな……。
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