第37話 神話の竜王陛下と、現世の王弟殿下
陛下のもとを辞して、王宮を歩いていると、本体の竜の姿を背後に、剣を手にした竜王陛下の絵姿の前を通りかかる。
ディアナ人は、創始の竜王陛下の絵や銅像を飾るのが大好きなので、王宮内も、街も、至るところに、竜王陛下だらけだ。
(本当にもう…、何処にでも、飾られすぎですよ)
おかげで、フェリスは、何処ででも、自分と似たような顔の神話の人に出逢う。
なかなかの災難である。
昔々、竜王陛下本人が生きてた頃は、
「いらんいらん。似てない絵姿も銅像も何もいらん。オレ本人がここにいるんだから、そんなこそばゆいものはいらんだろう」
と陛下が明るく笑い飛ばして、何も作らせて貰えなかったそうだ。
しかし、竜王陛下は天に帰って久しく、寂しがったディアナの人々は愛しの神を恋うて、似姿を作りまくった。
もちろんディアナ人にも、ちゃんと、言い分もある。
魔や闇が集いそうな場所に、尊い竜王陛下の御姿を飾れば、きっと竜王陛下が守って下さる。
天上の竜王陛下がお忙しくても、その似姿にすら、小さい魔物なら怯えて逃げるだろう、という、護符替わり的な存在理由もある。
それは確かに、まあ遠からずというか、いろいろと護符として、機能してもいるのだが……。
(マリウスはまた老けてなかったか? おまえの結婚で、なんで、あいつが老けこむんだろうな?
「また私を守れなかった、と、兄上らしく、密かに気を揉んで下さったのかもしれません」
話しかけてくる絵姿の竜王陛下に、フェリスは答える。
「レーヴェ。兄上のことより、今朝、レティシアに何か構ってませんでしたか?」
(ん? 何もしてないぞ)
いつにない、この即答ぶり。とても怪しい。
「僕の花嫁に、悪戯しないで下さいよ」
不安だ。果てしなく。
(悪戯なんぞしないが、あのちびちゃん、自分で気づいてないみたいだが、潜在魔力がひどく高いんだろう。オレの声を、意識してる訳じゃないのに、拾ってる)
やっぱり。レティシア、きっと、違和感に気づいてた。
タペストリーの前で、きょときょとしてたから。
「そもそも喋りかけちゃダメですって」
悪戯っ子なご先祖の竜王陛下を諫めつつ、じんわり静かに、フェリスのなかに喜びが湧いてくる。
ああ、やっぱり。あの子には、レーヴェの声が聞こえるんだ。
僕と同じように。僕と同じように!
(おまえ、意地悪だな。フェリスの嫁だぞ。新しいうちの家族だぞ。そりゃ、構いたくなるだろう)
「いや、そんなお父さん根性で、僕のお嫁さんにちょっかい出してないで、兄上の国政の悩みでも聞いてあげて下さい」
(無理だなー。マリウスは、びっくりするほど、鈍いんだ。あれじゃ、悩んでても、何の啓示も与えてやりようがない。 歴代ディアナ王の中でも、あそこまで、オレの気配を感じない奴はなかなかおらん)
「そうですか……」
フェリスは美しい貌で、残念な溜息をつく。たぶん、王太后にバレたら、殺される。
何故、マリウスじゃなくて、おまえが神の声を聴いてるの!と。
(あの小さかったフェリスも、立派になって、もう嫁が来るようになったんだなー)
「レーヴェ。僕と同じ貌で、年寄りぶるのはやめて下さい」
(おまえより、年食ってるのは間違いないぞ?)
それはまあ確かに。何といっても、フェリス達のご先祖なんだから。
「フェリス様? 王弟殿下? こちらにおいでですか?」
「ああ、ここに」
誰かに呼ばれて、フェリスは答える。
「どなたかいらっしゃいました?」
「いや? 私一人だよ」
フェリスは、話しかけてきた貴婦人に答える。壁の絵の中の竜王陛下は、現世の人とお喋りなどする筈もなく、神話の英雄らしく雄々しく大剣を構えていた。
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