第18話 王弟殿下が一番


「フェリス殿下、オレルアン侯爵がお目通りをと」


「サイラスが? なら、姫にも紹介したいけど、結婚式すぎるまで、あまり余人に逢わせてはよくないだろうね」


「そうですね。軽はずみをして、レティシア様のお立場が悪くなってはいけませんね」


「………」


 美味しい紅茶なのに、喉につまりそうな話。

 花の描かれたティーカップが可愛らしい。

 フェリス様のカップとは違うから、レティシアにあわせて、厨房の者が、選んでくれたのかもしれない。


 うーん。こちらに慣れるまでは、大人しくしてないと、確かに、評判落としそう…。そもそも勝手にフェリス様とお茶をしてるのも、慎みがないと叱られるかもしれない。


「では、サイラスには、花嫁と歓談中だから、またの機会にと」


フルーツの皿から、葡萄を一粒とりあげながら、フェリスが告げる。


「殿下、大事なお話でしたら、私のことはお気になさらず」


「ん? 気にすることではないよ。サイラスは数少ない友人なんだ。

今度、ゆっくり姫にも引き合わせよう」


 席を立たないんだ。


 レティシアとの時間を優先してくれるんだ。

 こんな子供とのお茶の方を。


「すみませ…」


「何故、謝るの?」


ああ。


いけない。


つい謝っちゃう、日本人的な癖が…。


「僕がレティシアを引き止めてるんだから、姫が謝ることはないよ。

…サーモンのサンドイッチ、お食べ。生まれて初めての長旅で疲れたろう?」


「……初めて、国の外に出たので、凄く…疲れたのですが、見るものみな全てが珍しかったです」


「国外にでたの初めてだったの? じゃあ、ずっと覚えてるね」


「はい」


きっと一生覚えている。


うんと、不安な思いで、花嫁の輿に揺られてたこと。


誰も、味方がいない、と思ってたこと。


前評判が散々だったので、フェリス様を、絵本で見た、瘦せ細った怖い顔の吸血鬼とかで、想像してたこと…。


(本当にごめんなさい)


近づいてくる王弟殿下の足音を、死刑執行の合図みたいに聞いてたこと。


(重ねて、ごめんなさい)


そうしたら、こんな綺麗な人が現れて、花の盛りの春の庭でアフタヌーンティをしている。


なんていうか、三度目に生まれ変わったような気分。


「レティシア。生まれて初めての旅で、何が一番珍しかった?」


「………」


ここに来るまで、旅の途中、いろいろ怯えつつも、いろんなものが珍しかったけど、

ここに辿り着いたら……。


「ん?」


「フェリス様ご本人が一番…」


「…僕? そうなの? それは光栄?」


ディアナの街も、それはレティシアの故国より、ずっと華やかだったけれど。


花婿たるフェリス王弟殿下に、やっぱり、一番、びっくりした。


いろんな意味でびっくりした。


「悪い衝撃でなかったんならいいんだけど…」


「いい意味で! です。悪い驚きじゃないです」


ぶんぶん、と忙しく、レティシアは首を振る。


「そうか。ならば、よかった」


少し照れ臭そうに微笑する王弟殿下は本当に美しく、そして何だか可愛らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る