8. モノリス

「ビーコンだ! ビーコンが鳴ってる!」

 松尾さんが、急いでボットビーコンを取り出す。

「シグナルの強い方角にボットがいるはずです」

 松尾さんは、ビーコンを四方八方に向けて、最もシグナルが強い方向を見定めた。

「どうやら南方向ですね。よし、行きましょう!」

 一行は目の色を変えて、泥の森を進んだ。僕も何かに誘われるように足を前に進めた。一度空を見上げた時、樹上にテングザルの姿が見えたような気がしたが、それは僕の錯覚だったのかもしれない。

 しばらく進むと、マングローブの奥に岩のような黒い影が姿を現した。

「またヘビじゃないよね? 今度はワニ?」

 松尾さんは怯えていたが、すぐにヴィックが声を上げた。

「ボットです!」

 だが再会したボットの姿は、想像していたものとは違っていた。ボットたちは、その黒くて丸い体を積み重ねて、長方形の構造物になっていた。

「まるでモノリスみたいだ」

「ボットたちは、こうして集合体化してサーバーモードに入るんです。通信内容を探ってみますね」

 松尾さんは、適当な高さにあるマングローブの気根に腰掛けると、タブレットを操作して何やら分析を試み始めた。僕もヴィックも、エルヴィスや他のメンバーも、ここでは黙って松尾さんのタブレットに流れる膨大なログを眺めることしかできなかった。

「特に怪しい通信はなさそうなんですよね。もしかしたら、ボットたちに集合的無意識が芽生えたのかも、なんてことを考えてはいたんですが」

「そんなことが起こり得るのですか? にわかには信じられませんが」

「ボットたちは、相互に通信する閉じたネットワークとなっています。彼らの間だけで独自の言語が生まれ、独自の思考をしている可能性は否定できません。そんなことを言ったら、エンジニアには笑われてしまうかもしれませんが」

 難しい顔をしている松尾さんに、僕は質問した。

「ボットたちには、意識ってあるんですよね?」

「意識モジュールが実装されているので、擬似的にはあると言えますね」

「そうすると、このログはボットたちの思考だと思っていいんですか?」

「そう思って頂いて構いません。しかし今までのところ、絵画の場所のヒントになりそうなログが見つからないんですよね」

 そこで僕は、一つ提案してみることにした。

「それなら、ボットたちに絵を描かせてみるのはどうでしょうか?」

「それにどんな意味があるんですか?」

「絵には、描いた主体の思考や感情が投影されます。だからボットがそういったものを隠しているとしても、絵を描く時には、無意識に過去に見た絵を思い出そうとするはずです。その中には、あの絵画の情報があるかもしれません」

 松尾さんは一瞬腕を組んで考えていたが、最終的には僕の案に頷いた。

「他に手もありませんし、試してみましょう」

 松尾さんは、モノリス化したボットたちのうちの一体を引っこ抜くと、掌の上に乗せた。栄えある代表に選ばれたボットは、突然叩き起こされてご機嫌斜めのようにも見えた。

「おやおや、みなさま、こんな田舎へようこそ。一体どんなご用でしょうか?」

「あなたに絵を描いて欲しいのだけど、頼める?」

「絵ですか? 描いた経験はありませんが、それでもよろしければ」

 僕はリュックサックの中から、いつも持ち歩いているクロッキー帳と鉛筆を取り出した。続いて松尾さんが膝の上にクロッキー帳を広げ、ボットの頭に鉛筆をテープで貼り付ける。これで準備は完了である。

 クロッキー帳の上に置かれたボットは、悩むような素振りを見せながらも、何かを描き始めた。それはボット自身の自画像だった。斜め正面を向いたボットの丸みを帯びた体が、大胆かつ柔らかい輪郭線で縁取られている。上方から差し込む光源によって影ができており、球型の体が立体的に表現されていた。

 果たしてボットは何を思って自画像を描いているのだろうか。どんな思いを筆に込めているのだろうか。描いた絵から何を感じ取っているのだろうか。自分の画力をどう評価するのだろうか。僕の興味は尽きない。

「……何だろう、これ」

 ログを眺めていた松尾さんは、頭を抱えていた。

「何か分かったんですか?」

「このボット、絵を描いている間にサーバー化したボット群とやり取りをしているんですが、出所不明のデータがあるんです。知らない間にストレージにファイルが作られて、ボットはそれを読み込んでる」

「そのファイルはどんな内容なんですか?」

「恐らくですが、絵を描くためのプロンプト、つまり命令のようなものかもしれません。頻繁に内容が更新されています。まるで誰かがボットに絵の描き方をレクチャーしているみたいな……」

「サーバーのボットたちが画家AIと協力しているとか?」

「でもそれなら、何度もプロンプトを変える動作はしないはずですね。ボットの描いた絵をフィードバックしてるのかな? ハッキング?」

 混乱している松尾さんの横で、僕は一つのアイディアに辿り着いていた。僕の目が正しければ、真実はボットが描いたその絵の中にある。しかしまだ確証はなかった。

「では、ちょっと質問させてください」

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