7. マングローブ林
――翌日、早朝。
僕たちは手短に朝食を済ませると、作業着と胴長に着替えた。これに非常用の食料などを詰めたリュックサックが、我々の標準装備だった。
僕たちがボートに乗船していると、実際に絵を目撃したと言っていた漁師が歩み寄ってきた。どうやら同行してくれるらしい。彼の申し出に、松尾さんは大いに感謝した。彼はエルヴィスと名乗った。
出発する直前、松尾さんは全員を集合させた。
「みなさんは、これを身につけてください」
そうして配られたのは、防犯ブザーのような小さい機械だった。
「これはボットビーコンといいます。ボットが近くにいれば音が鳴るデバイスです。ボットとの距離が近いほど、音が大きくなります。これを使ってボットを探しましょう」
「どのくらい近いと鳴るんですか?」
「大体、五十メートルくらいですね。ビーコンが鳴り始めたら慎重に進んでください」
メンバーは、各々ボットビーコンをポケットにしまった。
「それでは、出発しましょう!」
元気のあり余った松尾の掛け声で、ボートは離岸した。ボートの向かう先は、南東方向のマングローブ林である。エルヴィスがボットを目撃した地点だ。
いざ近付いてみると、一帯は浅瀬になっているようだった。ボートでは入れないが、人間が歩いて入れる程度の隙間はある。
ボートには連絡用に二人だけ残し、他のメンバーはマングローブ林へ足を踏み入れた。残念ながら、僕は捜索部隊に割り振られてしまった。足元はぬかるんでおり、気を抜くとすぐに足を取られてしまう。一行は慎重にマングローブの気根の間を進んだ。
「みなさん気を付けてくださいね」
エルヴィスから何事かを聞いたヴィックが、太陽のような笑顔で声を張り上げた。
「この辺りはワニとかヘビがいますから」
「えっ?」
松尾さんが聞いていないとばかりに立ち止まる。先程まで子供のようにはしゃいでいた彼女の顔が、みるみる青ざめていく。
「いるんですか? 冗談ではなく?」
「確かにイリエワニとかアミメニシキヘビが生息していますね」
「大原さん、お詳しい……」
「さすがに僕も怖いから、事前に調べて来たんですよ」
「それって、ちっちゃいやつですよね……?」
「……子供なら?」
「あー、それはダメなやつですね、ハイ」
松尾さんは身震いしていた。
「マツオさん、立ち止まっているから、ちょうどいいごちそうになりますね」
「やめてくださいよ!」
ヴィックはガウーッと言いながら、両手を伸ばしてワニの口の真似をした。これにはエルヴィスも大爆笑だった。
笑えない事態になったのは、その後すぐだった。
先を進んでいたエルヴィスが、止まって静かにするよう指示を出した。一瞬にして緊張が走る。僕がマングローブの木々の向こうにある物体へ目を凝らすと、それは太い丸太のように見えた。
「木が倒れてるんですかね」
そんな能天気なことを呟いていた松尾さんも、すぐに口を閉じた。その丸太が、のっそりと動いたのだ。てらてらとした黒い光沢を放つ体表には、黄褐色の網目状の模様が見える。それは紛れもなく、巨大なアミメニシキヘビであった。とぐろを巻き、舌をチロチロと出している。まるでこの先に進んではならないと警告しているかのようだった。
その大蛇はしばらくそこに居座っていたが、人間たちの気配を察知したのか、やがてマングローブ林の影へ消えていった。僕たちは、ヘビがいた場所を大きく迂回するルートを取ることにした。
「あれはマジで人を食べるヘビ。みんなは神様と呼んでいます。私たちに悪い人がいなかった。だから食べられなかった」
エルヴィスの言葉を通訳するヴィックの声も、さすがに震えていた。
それからも周囲に気を付けながら手がかりを探したが、人工物すらほとんど見つけられなかった。捜索チームがボートを降りてから既に二時間が経過していた。
「一旦、ボートに戻りませんか」
僕が、そう提案していた時だった。
「ピコーン」
場違いな電子音が辺りに響いた。全員が顔を見合わせると、もう一度、「ピコーン」と鳴った。その音で、松尾さんのボットビーコンから音が鳴っていると分かった。
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