第52話 はんぶんこ

52話 はんぶんこ



 俺たち二人の中にどこかほわほわとした緩やかな空気が流れる中。葵はメニュー表を一ページめくり、パフェのラインナップを指でなぞる。


「ここ、近くに果実農園があるらしくてさ。フルーツ系がとにかく美味いらしいんだよ。運動後で暑いから冷たいものも食べたいだろうし、私はパフェがオススメだな」


「へえ……確かに今食ったら絶対沁みるな、これ」


 パフェの種類は全部で五種類。パイナップル、いちご、みかん、ぶどう、そしてももだ。


 写真を見た感じどれも美味しそうで目移りしてしまう。葵も一個食べるだろうし、シェアできるよう味は被せないでおくか。


 となればひとまずは葵が食べたい味を聞いておくのが先決だな。ぶっちゃけ俺は苦手な味とか無いからどれでも美味しく感じるだろうし。


「葵はどの味にーーーー」


「あ〜っ! うわ、しまったなあ……どうしよう……」


「え、何どうした、急にゴソゴソしだして」


 そう思い声をかけようとしたのも束の間。葵は何やら棒読みで下手くそに(おそらく本人は無自覚だろうが)、焦った様子を見せつけてくる。


 明らかに演技だ。多分幼なじみだから気づけたとかではなく、明らかに葵側の演技力が壊滅してることが原因だが。とりあえず何か言いたげなので聞いてみようか。


「た、大変だあ。財布忘れて来ちゃったなあ〜」


「なんだ、そんなことかよ。別に貸せるぞ?」


「いやいや! ここのパフェ結構値段するし、流石に借りるのは悪いよお。あれだ、親しき仲にもなんとやらって言うだろ? 金の貸し借りはよくないと思うんだよ。私は!」


 絶対その言葉の使い方は間違っている気がするが。まあいい。


 それよりも葵の狙いがまだ今ひとつ見えてこないな。まさかここまで来て金が無いからパフェは食べない、なんて言わないだろうし。


「わ、私は、その……えっと、な? 奢らせたいとかでもなくて、だな……」


「……」


 ああ、分かったかもしれない。


 もしかしてそういうことか? だとしたらこのよく分からない一連の行動にも一応は合点がいく。


「もしかして、はんぶんこしたいのか?」


「っっっつ!! う、あ……っ!!」


 どうやら当たりらしい。反応が分かりやすすぎる。


 はんぶんこ……か。一人で一個は多いなんて、葵がそういうことを言う奴じゃないのはよく分かってる。


 じゃあなんではんぶんこしたいなんて言うのか。多分その理由は、今この場では言えないようなものなのだろう。それにおおよその察しがついてしまっているから、俺から尋ねることもしない。


「んじゃ、そうするか。パフェ代の半分は後でちゃんと回収するからな。親しき仲にもなんとやら、らしいし」


「お、おう! えへへ……やった……」


 う〜ん、葵さん漏れてる! 多分心の中で止めるはずだったデレが全面的に!


 はあ? ダメだ俺の幼なじみ可愛いんだが。パフェをはんぶんこできるのが嬉しすぎてニヤけちゃってる顔、正直可愛すぎて見れないんだが?


「あ、味は?」


「私もも味がいい! 晴翔は?」


「お、俺も……うん。じゃあそれで……」


 あー、すっげぇ。砂糖みたいに甘いオーラがどんどん噴き出てくる。そんなに嬉しかったのか、はんぶんこ。


 正直「二人で違う味を頼んで半分ずつ交換するのでもよかったのでは?」と思わなくもないが。きっと葵の中で″二つを半分ずつ″と″一つを半分ずつ″では全く意味合いが違ったのだろう。


 どちらにせよ俺とそれをすることでここまで喜んでくれるのなら……別にいいか。


「すみませーん! 注文お願いしまーす!!」



 満面の笑みで店員さんを呼ぶ葵の声は、涼しい店内によく響き渡っていた。

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