第42話 お尻とラブコメと映画鑑賞と1
42話 お尻とラブコメと映画鑑賞と1
「じゃ、流すぞ」
「ん」
バスの座席をうまく使い擬似的なスマホスタンドを作り上げると、サブスク契約をしているアプリを開いて。横向きに固定したスマホに表示された再生ボタンを一回。トンッ、と音を立ててタップした。
それと同時に流れ始めるのは映画を制作している会社のロゴムービー。ほんの数十秒で制作会社は俺たちだぞ、とインパクトを残す映像を挟んで見せると、するりと本編が始まっていく。
「晴翔、晴翔っ」
「なんだよ」
「音……これくらいで大丈夫そうか? 大きかったり小さかったりしたら言ってくれよ。なんなら自分で弄ってくれてもいいから」
「分かった。ありがとな」
耳に顔を近づけて小さな声で言ってくるのは映画館にいるという気分に没入しているからだろうか。いくらイヤホンで聴いているとはいえまわりからは話し声も音楽もよく響いてくるというのに。それだけ楽しみにしていたということなのか。
「晴翔……」
「次はどうした?」
「……手、繋ぎたい」
「っ!?」
スマホに映し出されている映画を見ながら観察者で話していたというのに、その一言で俺の視線はあっという間に葵のいる方向へと吸い寄せられていく。
ツンツンッ。俺の腕をつつきながら言うと、小さな左手を俺に見えるよう開いて見せる。葵なりのおねだりだ。
いやまあ別に繋ぐこと自体はいいんだけども。手を繋いで一つのイヤホンを共有しながら恋愛映画って……ただの一つでも破壊力のある行動をいくつも重ねないで欲しい。これらの魅力は足し算ではなく掛け算なのだから。
「せっかく一緒に見るんだからよ。くっつこ……?」
「くっつ……い、いいけどさ。ほどほどにな?」
「ほんとか!? へっへへ。じゃあ右手も〜らいっ、と」
ぎゅう。葵の左手と俺の右手が重なり、同時にふよふよと柔らかな感触が腕を襲う。
肩から少し身体を傾けるようにしてこちらにもたれていたのを、真っ直ぐに座り直しながらくっつくスタイルへと変えてきたのだ。
おかげで華奢な肩幅には収まりきらない巨峰が当たると、スクイーズのように形を変えて腕を包み込もうと動いてくる。
落ち着け。絶対に動揺するな。これは俺の男な部分への攻撃であるとともにお尻への愛を試す試練でもある。お尻を擦り当てられるならまだしも、この俺が胸如きで────
「なあ晴翔、もっとこっち寄ってこいよ。イヤホンのコードだってそんなに長くないんだしさ。遠慮なんていいからくっついてこいって」
「こ、これ以上はいいだろ。どんだけくっつく気だよ」
「んん? お前がくっついていいって言ったんじゃねえか。ったく、仕方ねえな────っと」
「おぅふっ!?」
もにゅんっ。
胸の加圧が強くなる。が、それ以上に。それ以下でありながらもそれ以上に。バチバチと電撃が走るほどの衝撃が太ももを襲った。
(お尻だ……あ、ああ葵のお尻が、触れてッッ!!)
まずい。まずいまずいまずいまずい。流石にそれは想定外だ。
まさかくっつきすぎたことで葵のお尻────正確には左の中臀筋と小臀筋、そして運動部時代に鍛え上げられたハムストリングスの一部。それらが学生服という布を間に介しながら攻撃してこようとは。
これはもう胸の刺激とは比べ物にならない。こんなの……こんなのっ!
「あんれぇ? 晴翔ぉ。なんか動揺してね?」
「な、ななにゃにを!? んぅなわけないだろっ!!」
「ふぅん。……じゃあ、もっとくっついても平気だよな」
「へっ……?」
もにゅんっ。ぎゅっ……ぐぐぐっ、むにゅぉんっ。
唐突に。そして激しく。葵の集中攻撃が始まった。
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