第16話 お尻はポーション

16話 お尻はポーション



 二人きりになれる場所。その答えはそこについてからとのことで。


 廊下を歩く。葵に手を引かれて。手を繋いで。


 周りからは視線が集まった。当然だろう。葵のような美少女と冴えない男が一緒にいて、そのうえ手を繋いでいて。クラスの奴らと同じで、″そういう関係″なのだろうなと思う奴らがこちらを見てニヤけたり、嫉妬したり。三者三様な視線を浴びせてくる。


 そんな中、俺は────


(ぐぬおぉぉぉっ!! あ、葵のお尻が目の前に……落ち着け、落ち着け俺ェッ!!)


 それらに一切気づく事なく、葵のお尻を注視していた。


 気持ち早歩きで足元に力が籠っているからか。一歩踏み出すたびにスカートの下でお尻が小さく躍動している。


 おおよその輪郭しか見ることのできないこの状況でも、俺は中のお尻の様を容易に想像で保管できた。そしてすぐに結論づける。


 やはり葵のお尻は最高だ……と。


(って、待て待て待て。何評価してんだ俺は。葵のお尻以外の部分を見るって約束しただるぉ!?)


 なんだろう、この感覚。何故こうも視線を吸い寄せられてしまうのか。見ているだけで安心できる。心が安らぐ。まるで実家のような……


「そ、そういうことか!?」


「へ? どうしたんだよ晴翔? 急に大きな声出して」


「あ、いや……なんでもない!」


「ふぅん?」


 そうか、そういう事だったのか。


 気づいてしまったぞ。何故こうもお尻で安らぎを得てしまうのか。


 簡単な事だ。俺は葵のお尻に恋をしてから、ずっとお尻を見続けて来た。けど昨日からは意識的にそれを止め、他の可愛いところを発見しつつある。


 しかし、慣れないことをすると心が疲弊するものだ。


 即ち今の俺にとって葵のお尻とは、RPGでいうところの回復薬。意識的にはポーションというやつに最も近い。


 ま、まああれだ。お尻を見る事そのものは禁止されてないし? たまには原点回帰も大切だろう。今日は特に朝から葵のこれまでにない、つい可愛いと思ってしまう表情や仕草を何度も見せつけられた。少し休憩しないとこのままでは心がもたないからな。


「……なぁ、今すっごい寒気がしたんだが。もしかして晴翔、お尻見てたか?」


「…………な、なんのことだか」


 だが、そんなことを思っていたのも束の間。葵が立ち止まり、ジト目で俺を見つめてくる。


 さっきまで考えていた言い訳を口にも出すべきだろうか。……いや、流石にまずいか。


「お前ってやつは……本当、油断も隙もないというか。オラ、隣来い」


「ひっ。お、怒ってるのか?」


「ああん? ったく、怒ってねえよ。お前がそういう奴だってことはもう重々分かってんだ。まあその一応……あれだ。お尻だったとはいえ、私の好きな所だって言ってくれてるわけだし……見るなとは、言わない」


「っ!? そ、それって合法的にお尻を凝視してもいいってことか!?」


「馬鹿、なんでそうなるんだよ!! そんな事一言も言ってねえだろ!?」


「そう、か……」


「いや、露骨に落ち込むなよ」


 全く、と少し呆れるように呟いてから。葵は俺の身体を引き寄せて自分の横に持ってくると、再び歩き出す。


「……私は、お前の横顔見ながら歩きたい気分なんだよ」


「〜〜っ!?」




 そ、そんなこと言われたら。隣を歩くしかないじゃないか……。

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