第8話 視線を吸い寄せるお尻
8話 視線を吸い寄せるお尻
足取りの重い帰り道を歩く。
葵は何やら既に食べたいところが決まっているらしく、俺は大人しくそれについていくことにしたのだが。
「っし。ここ入るぞ」
「……え?」
そう言って足を止めた店は、もはや日本人であれば誰もが一回は行ったことがあるであろう某ファミレス。
ハンバーグやドリア、スパゲッティ等々。数多くの品揃えがあり、それでいてとにかく安い。ドリンクバーをつけてお腹いっぱい食べたってせいぜい千円程度の出費で抑えることができる、いわば学生の味方なお店だ。
「ほ、本当にここでいいのか? てっきりその……もっと高い店に連れて行かれるかと……」
「うるせえなぁ。いいんだよ。変に高い所に行くより私はこういうところの方が落ち着くんだ。ま、アンタの財布を破壊するって意味では確かにちょっと役不足かもしれないけどな」
イタリアンや高級フレンチとはいかなくとも、焼肉やしゃぶしゃぶ、海鮮系みたいな普段なら行かない場所に連れて行かれる覚悟はしていたので財布の中には二人分で諭吉さんを待機させていたんだけども。ここなら樋口さんでも充分にお釣りが出るレベルだ。
だから俺としては正直ありがたい。奢られると聞いてやっぱり少し遠慮してくれたりしたのだろうか。
「……って、オイ。晴翔今また私のお尻見てたろ」
「へっ!? いや、違う! マジで違う!! ちょっと考え事してて……っ!!」
「とか言って、ガッツリいいポジション取ってるよな」
「っう……」
店の扉へと続く三段の階段。それを登った先で振り向いた葵はそう言うと、下で立ち止まっていた俺にジト目を向ける。
そんなこと言われたって、俺が先に入るのも変だし……。そりゃあ視界には入ってたさ。今日も今日とて丸みを帯びてスカート越しに微かな主張をする葵の美尻は。
けど、できるだけ意識しないようにしてたんだ。見ないようにしてもそんなものは無理だって分かってるから、もういっそお尻そのものの存在を気取らないようにしようって。まあ結局ずっと見続けてきたものを完全に意識の外へと追いやるなんて無理な話で、少しは見ちゃってたかもしれないけども。
駄目だ。多分もう葵のお尻を見るっていう習慣が俺の中に染み付いてる。サッカーでフォワードの人が周りからパスを貰えるポジションへと動くように、俺の身体もまた。無意識のうちに最もお尻が眺められる最適な場所へと位置取りしてしまっているのだ。もしかしたら今のも、俺にその気はなくても身体が勝手に葵のお尻を求めたことで起こった事象だというのか?
「はぁ……。ったく、本当に反省してるんだろうな。結局ここに来るまでの道のりでもずっと私の一歩後ろを歩いてたけど。やっぱりずっと見てたのか?」
「い、いや! 見てな……いっ。俺は、見てない……はずっ。少なくとも見ようとはしてないというか……見ないでおこうという努力はしたというか!!」
「なんだ? 私には罪の自白にしか聞こえなかったぞ、今の」
「……」
ぐうの音も出ないとはまさにこの事である。
幼なじみの葵に隠し事なんてできるはずもない。例えここで俺が口籠ることなくシラを切っていたとしても、簡単に見抜かれていただろう。いや、だからと言って開き直っていいわけじゃないが。
「……もっと他のところも、見てくれよ」
「? 今、何か言ったか?」
「ふんっ。なんでもねえ。いいからさっさと入るぞ!」
「お、おぅ……?」
何か、ごにょごにょと独り言を呟いていた気がしたけれど。気のせいだったのだろうか。
どこか少し焦るようにしながら急いで店の扉を開けた彼女に続いて。入店した。
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