第6話 白坂葵の受難
6話 白坂葵の受難
ここ最近、ずっと変だとは思ってた。
ある時を境に、晴翔は私の隣を歩かなくなった。いつも私より半歩後ろで、視線もどこか低い。
思えばあれは私のお尻を見ていたのだ。本当に最低で、ド変態な奴。こんなのが私の幼なじみだなんて……。
「断られて当然だろ。あんなふざけた告白」
休み時間、私はトイレの個室で一人そう呟くと、ため息を漏らす。
本当は夜瑠と過ごすつもりだったけど、出席番号順という理不尽な席並びのせいで晴翔に盗られたし。
夜瑠も夜瑠だ。昨日あんなことがあって私が晴翔に近づけないことは分かっていたはず。それなのにあんな、自分だけは簡単に私と晴翔の間を行き来するなんて。……ズルい。
「ああもう、クッソ。あんな変態のことなんて忘れちまえばいいんだ。他にもっとかっこよくて優しくて、お尻好きなんて変態じゃない奴なんていくらでも……」
必死に私の記憶の中から、もっとかっこいい奴を探す。
大和……は流石に友達か。晴翔の次に付き合いが長いけれどそういう目で見たことはない。多分それはお互いに。
ならもっと他の……他に、男子の知り合いでかっこいい奴……。
「っっう……ダメだ。私やっぱり、晴翔のことがぁ……っ!」
残念ながらどれだけ考えても、晴翔の他に異性としてかっこいいと思える奴は一人も浮かばなかった。
どれだけ記憶を掘り返しても出てくるのは晴翔との記憶ばかり。幼なじみとしての晴翔、初恋相手としての晴翔。馬鹿で変態で、自分勝手で。けどかっこよくて優しくていつも無意識に私をドキドキさせてくる、そんなアイツとの思い出。
一度溢れ出るとそれは止まらなくて、みるみるうちに自分の顔が熱くなっていっていることが分かった。
当然か。私は晴翔に告白をされると分かった時、死ぬほど嬉しかった。ありきたりな言葉を投げかけてくれれば、二つ返事でOKするつもりだった。中学の間はただの幼なじみとしてしか一緒にいられなかったけど、これからはやっと恋人になれるんだって。心臓が張り裂けそうなくらい心が高揚したってのに。
蓋を開けてみれば私のお尻が好きだという、謎の告白が飛んできて。頭がフリーズして思考が再開した時に咄嗟に私の中に生まれた感情は″怒り″だった。それで結局アイツの頬を思いっきりビンタしてあの場を離れてしまったのだ。
「大体、お尻なんて何がいいんだよ。最近ちょっと大きくなったなって、気にしてたのに。てか同じような形のお尻が付いてれば、アイツは誰でもいいのか……?」
ダメだ、またイライラしてきた。
そうだ。思い返せば私はまだちゃんと純粋に私を好きだと言ってもらっていない。
好きだと言われたのはお尻だけで、他の面に関しては一切触れられていないのだ。顔とか、性格とか。全体的に、とか。アイツはお尻という一つの身体の部位だけを切り取り告白してきたのだから。
「……せて、やる」
認める。私はアイツのことが好きだ。一人の男として大好きだ。今すぐ付き合いたい。恋人になりたい。イチャイチャってやつをたくさんしてみたい。
けどまだ、今はその時じゃない。ナメた告白をしてきたアイツを懲らしめてやらなきゃ私の気が済まないからな。
だから────
「絶対、言わせてやる。アイツに、お尻だけじゃなくて私そのものが好きだって……ッッ!!」
一つの決意が固まり、私は握り拳と共に立ち上がる。
お尻だけとはいえ、アイツは確かに私のことが好きなんだ。だったら悩殺できるのはきっと時間の問題なはず。
私そのものを好きになってもらった上でもう一度告白させ、正真正銘の恋人になってやる。こうなったら意地でも私の方から告白なんてしてやるものか。
そして、そんな決意を後押しするかのように。スカートのポケットに入れていたスマホが振動し、夜瑠からメッセージが届く。
『今日、晴翔が一緒に帰りたいって。昨日の告白についての話もあるってよ? どぅ〜する?』
反撃、開始だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます