第11話 『彼』の気持ちとあたし
「もう、いいんだ……」
静波くんの姿をした修斗が言う。
その顔はすっきりしていて、誰のことも恨んでいないような晴れ晴れとしたものだった。
「でも……! そんなのあたしが許さないっ! 今からでも訴えて――」
「やめてくれ」
静かな修斗の声。でもそれはとても強くてまっすぐで、あたしは怖さを感じた。
「……ほんとうにいいの?」
「うん」
「生きてたら出来てたこと……いっぱいあるんだよ? 中学校になって、高校生になって……。あ、あたしだって修斗としたかったこと、いっぱいあったんだからね!? 急に死んじゃうなんて……そんなの聞いてないよ! 想定外だよっ!」
「……ごめん」
「ど、どうして謝るのよぉ……。ううっ……」
いつのまにか目の前がぐにゃぐにゃに見えていた。涙? 床にぽたぽたとこぼれている。
そんなことにも気づかないくらいにあたしは修斗ともう一度話せて嬉しくて、それから修斗を殺してしまった病院が憎くて……。
でも、修斗は『もういい』って言っている。
その意思を尊重するなら、あたしが今、できることって何だろう。
あのころあたしが修斗に対して感じてた気持ちを伝える?
それともいっぱい一緒に遊んでくれてありがとう、って感謝する?
「なあ常陸……俺は……、うぐぅ……。――あれ、斑鳩さん? ――ひ、常陸、常陸ぃ……!」
待って! 余計なこと考えてる場合じゃない……! 修斗が消えちゃうっ!?
「イヤっ!! やだよ……行かないで……行かないでよ……修斗っ! もう一人にしないで!? ずっとずっと修斗のことを忘れられずに生きていくのは嫌……!」
「常陸……!! 俺も……イヤだよ……。これからもずっと、ずっとお前と遊んでたい……。でも……今の俺には俺の生活がちゃんとあるから……。お前はお前でしっかり生きてくれ……。そうじゃないと、俺は……ぐうっ」
「修斗!? 待って!? し、修斗ー!!」
――? 白いタイルみたいなものがいっぱい……。
閉じていた目を開けて見えたのが教室の天井だと分かるのに、しばらく時間がかかった。
「斑鳩さん……大丈夫?」
静波くんが心配そうに覗き込んでいる。
その手には、再びペットボトルを携えて。
「うなされてたんだよ。いっぱい汗、かいてたから……これ、飲んだ方がいいよ」
起き上がろうとするあたしの肩を抱き、助けてくれる。
スポーツ飲料を飲ませてもらう。
あたし、いつ気を失っちゃったんだろう? それから、さっきのは何だったんだろう……。夢? 幻?
どこからどこまでが現実なのか分からない。
でも、修斗の声が、あたしに話してくれたことのひとつひとつが、全部しっかりと思い出せる。
ふと、首元に違和感を感じ、手でなぞってみた。
ネックレス? それも金属のものとかではなくて、子どもが折り紙を丸めて、のりで貼って作ったようなものが掛けられていた。
「なんだろう……」
カラフルな折り紙の輪がいくつも連なってネックレスになっている。
両手でくるくると回してみると、その中の一つの輪に鉛筆で名前のようなものが書かれていた。
【ひたちへ 2015・5・15 桜ざわ しゅうと】
――!
えっ……? 修斗からのプレ……ゼント?
あたしは……なにを言えばいいんだろう。なにをすればいいんだろう。
巻かれた折り紙がぺちゃんこにならないように、首から外したネックレスを両手で持ったあたしは、そのまま仰向けで床に横たわってしまった。
とめどなくあふれた涙が耳にいっぱい流れて、入ってくる。
でも、そんなのはどうでもよかった。
なにもしなくていい。なにも言わなくていい。ただ、今、感じるままにしていればいい。
そう修斗に言われた気がして、あたしはなすがままに教室の床に横たわり続けた。
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