第4話 修斗のこと

 実は、あたしには静波くんでも先沼くんでもなく、他に『いいな』って思う男の子がいる。


 でも……その男の子は、もうこの世にいないんだ……。


 桜沢修斗さくらざわしゅうとくんっていう、あたしが小学校の頃、大の仲良しで毎日遊んでた子。


 二人で遊んでばっかりで、あたしたちは勉強なんて全然しなかった。それなのに修斗はすごく賢くて、小学校低学年の頃にもう中学生の問題集を解いてたの。


 あたしはそんなの全然解けなかったから、結構バカにされてたっけ。『こんなの分かんねーの!?」って。


 悔しくて、あたしもお母さんに問題集を買ってもらって、必死になって勉強しようとしたこともあった。


 でも、そんなときでもあたしの家に来て言うんだよね、『常陸~、はやく遊ぼうぜ』って。


 あたしは修斗といると楽しいから、ついつい一緒に遊んじゃう。そうやってますます学力の差は広がっていった。


 なかなか治らない病気だったから仕方ないんだけど、やっぱり彼がいなくなるのはすっごく悲しかった。苦しかった。


 ううん、『いなくなった』なんてあたしは思ってない。


 ある日突然ひょっこり現れて、あの頃みたいによく分からない話をしてふざけあえる気がする。


 あれから何年もたったけど、二人で遊んだ公園のそばを通るたびに、彼の姿が見えてきそうな気がするんだ。


 『死んじゃった』だなんて思わないし、思えない。


 だって、その前の日まで、あたしたち、街じゅう走り回って遊んでたんだもん。


 体調の急変って、病院の人は言ってたけど……人ってあんなに簡単に死ぬものなの!? 絶対おかしいよ……。


 修斗のお葬式でも、あたしは一人で『死んでない……。修斗は死んでないんだもん!』って叫んで、お父さんに引っ張られて外に出されたっけ……。


 それからしばらくして、あたしは思い出したように、修斗に負けたくない、って思ったときに買ってもらった問題集を解いたりしてみた。でも、もう彼はいないんだ、って思ったら、もうなにをするのもおっくうになっちゃった……。


 そのまま。そのままあたしは無気力に中学生になって、そして高校生になった。


「斑鳩さんってさ……」


「わっ! びっくりした……!」


 そうそう、昔のことを考えてる場合じゃなかった。このままじゃ修学旅行に置いてかれるよ。


「今の状況、怖くないの?」


 静波くんは気のせいか、ちょっと青い顔であたしに聞いてきた。


「こ、怖くないって言ったら、嘘になるかなあ~。でも……、閉じ込められてる事よりも……もっと気になることがあるっていうか……」


「そ、そうだよね……。急に『好き』だなんて言われたら、そうなるよね? ごめんっ」


 また謝られた。


 なんだか静波くんを責めているみたいだ。……自分が悪い子に思える。


 無意識に、あたしは座っていた椅子を彼から少し離れるように動かした。


 とたんに悲しそうな顔になる静波くん。


 顔によく出る子だな、と思った。


 あたしはどっちかというと、その場の雰囲気を読んで、自分の気持ちを見せないように隠すタイプだ。


 きっと静波くんは『素直』なんだろうな。


 周りのことばかり考えて、自分のことは後回しにするあたしとは反対だ。


 でも、彼のはイヤな素直さじゃないね。見てて幸せになれる素直さ、かな。


「う……あたしこそ、ごめんね」


 離れていた椅子をもう一回、元の距離になるように静波くんに近づけた。


「あ、ありがとう……」


 彼はポッと顔を赤くして笑う。


 なんだか子どもみたい。


 普段あんまり話したりしないから、もっと大人な感じなのかと思ってたけど、そうでもないのかも。


「ねえ……、これからどうする?」


 あたしは、ちょっとイタズラっぽく聞いてみた。


「うん……。まずはここから出ないと……」


 うんうん、思った通り、真面目ど真ん中の答えが返ってきた。


 これがちょっとモテるイケメンとかだったら、場を和ませるような気の利いたことを言ってくれるのかもしれない。


 でも、静波くんの答えも誠実だと思った。


 悪くないよ、静波くん。


 やっぱりこういう非常時には男の子に頼りたい気持ちがあたしの中にしっかりあるんだなぁ。


 そんなことにも気づいたよ。


「外と連絡取ってみるね」


 カバンからスマホを取り出してアプリの通話ボタンを押す。


 つながらない。


 液晶を見てみると、そもそも圏外になっている。


「どーしてぇ?」


 あたしはがっくり肩を落としてしまった。


 いや、いいんだよ? じっくり考えて脱出すればいいの。


 でも、スマホつながらないのはヤバくない? なんか外とのつながりが完全になくなったみたいで……ものすごく怖い。


「僕のせいだ……」


 静波くんは唇を噛んで悔しそう。


「そんなに自分を責めなくていいよ……」


 あたしにもこんな当たりさわりのないことしか言えない。


 ああ、もう一体どうしたらいいんだろう……!?














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