第2話 教室に戻ったら

 チャイムの音で目が覚めた。


 1時間目が終わったのだろうか。


 一瞬、ここがどこなのか分からなかった。


 目を開けると真っ白なシーツに、真っ白な枕カバー。


 そうだった。保健室に来てたんだった。


 身体のだるさはない。ここで眠るまでは少し疲れている感じだったけど、今はそれもなかった。


 もう大丈夫な気がする。よし、教室に戻ろう。




 廊下を歩いていると、なんだか雰囲気がおかしかった。


 あちこちから、ザワザワした声と物音が聞こえる。


 ひょっとして、もう2時間目も終わって、出発のための移動が始まっているんじゃ……。



 教室に戻ると、もうほとんどのクラスメイトが荷物をまとめてバスへと向かったあとみたいだった。数人が慌てて大きなバッグをかつぎ、小走りに出ていく。


「あっ、斑鳩さん! もう移動始まってるよ! 身体のほうは大丈夫?」


 そこには地味な雰囲気で目立たない男子、静波大河しずなみたいがくんだけがいた。


「ありがと。もう大丈夫だしー」


 あたしは心配させたら悪いと思って、めいっぱい元気な顔を作って言った。


 彼は勉強がよくできる。そして、いちばん特徴的なのは、他の子みたいに親や先生に言われて仕方なく勉強している感じじゃないところだった。


 静波くんの席はあたしの左斜め前だ。だから彼が積極的にノートをとって、楽しんで授業を受けている姿をよく知っている。


 部活と遊びのことしか考えてないあたしとは、正反対な男の子だな、って印象だ。


 周りの人に対して、いつも笑顔で話してるんだけど、おとなしいからかな? なんだか人を避けているみたいに見える時がある。


「斑鳩さん……!」


 急にせっぱつまったような声で静波くんがあたしを呼んだ。


「どうしたの?」


 駆け寄ると、


「キーホルダーが……机の足に引っかかっちゃって……。先に行って、先生に伝えておいてくれないかな?」


 涙目でウンウン言いながら旅行用の大きなバッグを引っ張っている。


 足の付け根のところのすき間かな。


「えっ!? 大丈夫?」


 考えてみたら、初めて静波くんと目を合わせたかも。


 ふーん、こんな顔してたんだね。


 ん……? なんか目線が合ってる時間が長くない?


 どうして目、そらさないの? 静波くん。ま、まあいいや。あたしからそらすね。


 どうしたんだろう。あたし、顔に何か付いてたかな?


 先沼くんのことをめちゃくちゃ格好いいとか、ありえないくらい男前だとかみんな言ってるけどさ……、あたしには何がいいのか、正直よく分からないんだ。


 今、目の前にいる静波くんと何が違うのかが分からない。


 だって、見た目しか知らないんだもん。みんな先沼くんのことをきゃーきゃー言うけど、実際に付き合ったらどうなのかなんて誰も知らないもんね。


「あせらなくていーよ。バスってさ、絶対待っててくれるから。心配ないって。あたしもここで待ってるし」


 冷や汗をかきながら慌てている静波くんに声をかける。


「う、うん……ありがとう。それから、ごめん。……早く、早くしないとっ」


 男の子だから……じゃないけど、別に悪いことしてるわけじゃないんだから、もうちょっと堂々としてほしいかな……。


 でも、必死になってる静波くんには悪いけど、両手の指先をそろえてキーホルダーを引っ張ってる姿が、なんだかリスみたいだなって……。


 可愛い……? うんうん。可愛いよ、これ。


「ふふっ……」


 知らないうちにあたしは笑顔になっていた。


「ちょっ……! こっちは必死なんだよ?」


 ようやく机から離れたバッグを手に、静波くんが文句を言ってきた。


 でも、言葉とは反対で、彼は今まで見たことがないくらいに、にっこりと微笑んでいた。


「どうしたのっ?」


 あたしは思わず静波くんに聞いた。


「いや……なんでもない」


 言いながら、なぜか彼は両手を合わせた。まるでお祈りしているみたいに。


 その瞬間、ヘンなことが起こった。














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