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「なあ、先生。おかしくないか?」

「ぜんぜんっ。仁君すごくかっこいいから、もうちょっと笑うだけで完璧だよ。うん」

「まあそれは……そうっすけど」

 あれから。仁は少し髪を切った。といっても、わずかに印象を変えるくらい。かっこよさから、快活さに印象を変える。

 茜のレクチャーで何かと印象を変えて、仁は学校に登校していた。相変わらず、仁を怖がる生徒も多い。大半はそうだ。けど、中にはそうでないやつもいた。

「一之瀬君っ! なんですか、そのピアスはっ!」

「いや、前からつけてるもんだけど」

「校則違反です。すぐに外しなさいっ!」

 眉を吊り上げる少女の腕には、生徒会役員の腕章がついていた。

 仁は、校則なんぞ目を通したこともない。けれどさすがにピアスが高校生的に褒められたもんじゃないのは理解していた。まあ、だからといって外すつもりもないけれど。けっこうお気に入りなのだ。前の前の前の……何番目だったかの彼女からのプレゼント。

 結局最後には別れてしまったけれど、思い返してみれば楽しい思い出がたくさんあった。そんな彼女の思い出のピアス。大事にしたい。

 だが、目の前の少女は引くつもりもないようで。どうしたものか。仁は思い悩む。

 以前の仁なら、少女に嫌われようが構わずガン無視を決め込むところだったが。生憎、今の仁にそれは許されない。約束してしまったのだ。

『友達をいっぱいつくることっ! 楽しい学生生活には、友達が不可欠です!』

 得意気な顔で胸を張るお節介な先生との約束を破ったら、嫌われてしまうかもしれない。それは、今の仁的には何より避けたいことだった。

 どうしたもんかと思い悩んで、ふと気付いた。そもそもなんでこの少女は仁の注意なんぞやってるのか。希代の乱暴者など、放っておけばいいのに。よほど職務熱心なのか、それとも……

 ふと、少女の顔に見覚えがあることに気付いた。

(あっ、そういえば……)

 以前、廊下で絡んできたお節介焼きの女生徒がいた。確か「あなたのためを思って言ってるんです」みたいな論調だったが、当時の仁は普通にありがた迷惑だったので、乱暴にお断りした気がする。

 そして今、目の前に立つ少女は、紛れもなくその時の少女で。

 そうとわかってみれば、なんだか少女の固い表情に別の色が見え隠れしている気がした。

 そう。それはわずかな羞恥と、期待。男子小学生がよくやりがちなやつだ。気になるあの子に近づく口実がないから、とりあえず悪戯しよう――的な。そういうあれだった。

 それが分かった途端、仁はにぃっと悪い笑みを浮かべた。

「そうは言ってもなあ。このピアス、一人じゃ取れねえんだよなあ」

「そっ、そうなのですか?」

「そうなんだよ。あーあ、誰か手伝ってくれる人がいればなあ……」

 それを訊いた途端、少女は急にそわそわしはじめた。

 あまりまだるっこしいのもアレなので、ここは先を急ぐことにする。少女に、顔を近付ける。

「ほへっ⁉ あっ、うっ……」

 顔を真っ赤にしてドキマギする少女。猛烈な勢いで動くその視線が、なんだかおかしくて。仁は思わず笑ってしまいそうになるのを必死にこらえ、少女の耳元で優しく囁いた。

「ねえっ、委員長? 外してくんない?」

「はふっ……えっ? 委員長?」

「委員長っぽいじゃん、なんか。それよりさ、どうなの?」

「しっ、しかたありませんね。これも校則を守るためにやむをえないことです……さあ、お耳をこちらに――ぴぎっ⁉」

 仁が、委員長の肩に手を置いた。それだけで、委員長は固まってしまう。そのまま委員長の背中側に回った仁は、もう一度耳元に口を寄せて、囁いた。

「う・そ」

「…………………………はっ?」

 何秒もの間沈黙していた委員長が、ようやく状況を飲み込んで気付いたときには――仁の背中ははるか遠くにあった。

 謀られた。弄ばれた。その事実を認識した途端、たちまち委員長の顔は二重の意味で真っ赤になった。

「このっ――止まりなさいそこの不良生徒っ!」 

「たっははははははっ!」

 そして、これ以降校内の名物となる仁と深月の追いかけっこは始まった。

 弾けるような笑みを浮かべながら逃走する金髪ピアスの不良生徒と、顔を真っ赤にしながら追いかける学年一位の才女。凸凹コンビな二人を見て、周囲の生徒は驚いていた。――あの人、あんな顔もするんだ、と。

 悪印象があるなら、それ以上の良い印象で上書きすればいいだけの話。そうして楽しそうに校内を駆け回っているうちに、仁を怖がる人はどんどん減っていって。

 そんな仁の弾けるような笑顔を、茜は嬉しそうに見つめていた。

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