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「おまえたちはさ、確かに顔はいっしょだよ。でもおまえたちが生きてきた時間は、まったく一緒じゃない。見てきたものも、経験したことも別なんだ。だったら、まるっきり一緒なんてことは絶対にありえない。好きなものも、興味の対象も違うなら、それは確実に外に現れるし、誰だってその気があれば見分けられるさ」

 そんなことで見分けられてたまるか、と。双子は心の中で同時に毒づく。普通の人間は、そんなところまで見ない。上っ面だけしか興味がないから。

 双子は家族が好きで、他人が嫌いだった。家族だけが双子を見分けられる。由奈と玲奈の違いを分かってくれるから。だから家族以外の全てを拒絶していた。

 自分たちを見分けることができないやつに、家族の領域にいてほしくない。まして、この世で一番大好きなお母さんに近づくなんて。そんなことは絶対に許せなかった。それなのに。

 目の前の男は。初対面のくせに、当然みたいな顔で、あまりに容易く自分たちを見分けて見せた。

 不快だった。人の心に土足で踏み入ってへらへらしている、その態度が腹立たしかった。

「……きも。何ジロジロ見てんのよ」

「俺は彼女がアイライン変えたのにも気付く男だ覚えとけ――ああ、そうだ。昔の彼女にあげる予定だった未開封のマニキュアとか持ってるけど、いるか?」

「……それは貰う」

「おう。じゃあ今度持ってくるな――さっ、約束通り、飯にしようぜ?」

 苦し紛れの憎まれ口も軽く受け流され、何も気にした様子もなく仁は笑う。それがまた癪に触ったが、自分たちで持ち掛けた賭けを反故にするのは、プライドが許さなかった。

 二人が渋々といった様子で席につくのを、茜は嬉しそうに見守っていた。

 そしてある意味誰よりもはしゃいでいた遥は、何やら感動に打ち震えているようだった。

「二人とも、ようやく素直になったのですね! お姉ちゃんは嬉しいで――」

「うるさい遥姉」

「遥姉はいつも声が大きい」

「耳がキーンってなる」

「近所迷惑」

「「やーい歩く騒音公害」」

「あ~~~~~~~~もお~~~~~~っ!」

「まあままあ、遥ちゃん落ち着いて。由奈ちゃんも玲奈ちゃんも、言いすぎだよ」

「「はーい、ごめんなさーいお姉ちゃーん」」

「このっ、なんと生意気な子たちでしょうか……っ!」

「お腹すいたー」

「ああごめんなさいひよりっ! すぐに――」


「――ぷっ、くははっ」


 喧騒に包まれた食卓に。ふと、笑い声が響いた。

 女五人で姦しいその場にあって、その笑いは一際特徴的だった。そして何より、その笑いがあまりに楽しそうだったから。知らず、その場の全員の視線が、一カ所に集まる。

 みんなからの注目を浴びても、その笑顔は変わることなく。心の底から楽しそうに、彼は笑っていた。

「おまえらっ、ほんとに……くくっ…仲が良いんだな……はははっ」

 その笑顔は、今までの仁のどんな笑顔とも違っていた。ある種、コミュニケーションのために作っていた笑みとは違う。楽しそうに。嬉しそうに。目に涙が浮くほどに。一之瀬仁は、心の底から腹を抱えて笑っていた。

「てゆうか遥おまえ……妹に舐められすぎじゃね?」

「なっ⁉ それはこの無礼な妹たちが問題かと⁉」

「玲奈も、おまえ誰に対してもその態度なのかよ。すげえな」

「はあ? あんたに褒められても嬉しくないんだけど? 嫌味ですかー?」

「由奈はおまえ相方止めろよ。便乗してたら悪化するだろ」

「私は玲奈のそういうとこが好き。あなたのことは嫌い」

「ひより、姉ちゃんたちはいつもこんなにうるさいのか?」

「うんっ! お姉ちゃんたちはいっつも騒いでお母さんに怒られてる!」

「はははっ! そっか。そうなんだな……」

 ひとしきり笑った仁は、苦しそうに目尻の涙を拭う。涙で霞んだ視界で、仁はちゃぶ台を囲む「家族」を見る。

――この古アパートや、娯楽や嗜好品の類が少ない室内を見れば、高崎家が決して裕福ではないことは想像がつく。まだ若手の教員でしかない茜一人の稼ぎで、家族五人を養っているのだ。生活は楽ではないだろう。

 それでも、ここではみんなが笑っている。活き活きと、喧嘩してもなお楽しそうに。貧しくても、毎日が大変でも。一緒にいるだけで笑い合える。

 きっとそれを「家族」というんだ。

「……先生」

「ん。なに、仁君?」

 最後に、仁は茜のほうを振り向いた。視線の先で、茜は笑っていた。だから、仁も笑った。

「楽しい家ですね、ここは」

「――うん。そうだよ。私の大事な、自慢の家族たち」

 一之瀬仁は知っている。今、この場所にあるモノを。人は、「幸せ」と呼ぶんだ。

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