18
高崎玲奈と高崎由奈は、いつも一緒だった。
「玲奈さん。あなた、今日の掃除当番すっぽかしたでしょう」
小学校の担任教師が肩を怒らせて糾弾する。
「……違うよ、先生。私は由奈だよ」
「えっ⁉ あっ、そうなの? ごめんなさいね。じゃあ、こっちが本物の……」
「違うよ、先生。私が由奈。玲奈が嘘ついてるんだよ」
「そんなことない。私が本物の由奈。玲奈は怒られるのが嫌で嘘ついてるんだよ」
「そうじゃないよ。本当の由奈は私。玲奈はいっつも損なことは私に押し付けるから」
「私が」
「私は」
「――っ‼ ああもう、いい加減にしなさい!」
しびれを切らした担任教師が怒鳴る。
その瞬間、二対の眼が、まったく同時に担任教師を捉えた。
瞬き一つせず、まったく同じ顔が二つ並んで、ぞっとするほど感情の籠らない眼が四つ、彼彼女を見ている。
「どうして怒るの? 私は玲奈じゃないのに。何も悪いことしてないのに」
「なんで怒るの? 玲奈は私じゃないのに。良い子にしてたのに」
「どうしてわからないの。玲奈がどっちで、どっちが由奈か」
「どっちでもよかったの? 酷いよね。悪い子は、玲奈だけなのに」
気持ち悪い。担任教師は素直にそう思った。
「……はあ。もういいわよ」
呆れたようにため息を零していなくなる担任の背中を、四つの眼はずっと追いかけていた。
放課後、由奈は校舎裏に呼び出されていた。
クラスでも目立たない男子生徒が、由奈の無表情の前でもじもじしながら立っていた。
由奈の後ろには、数人の女子がいた。玲奈の友達で、彼女の命令で片割れの告白というイベントについてきたのだ。
「……それで、話って?」
「あの、僕……由奈さんのことが、好き、で……」
くすくすと、後ろの女子から笑い声が漏れる。
「ふーん。でも、どうして私なの? 玲奈じゃだめなの? 顔は同じなのに」
「……由奈さんは、いつも机に座って本を読んでて。自分の世界みたいなものが、ちゃんとあるんだなあって思ってて。そういうの、いいなあって……」
「……へえ」
「玲奈さんは、いっつも友達と一緒で楽しそうで。堂々としてるけど、少し……怖いかなって。同じ顔だけど、全然違うよ。僕はその……ちゃんと、由奈さんのほうが……君のことが好き、なんだ」
「ふーん…………だってさ、由奈?」
由奈の無表情が唐突に崩れ、嘲るような笑みが浮かぶ。それは由奈ではなく、どちらかといえば玲奈が浮かべそうな表情で。
驚愕する少年の前で、後ろに控えていた女子の一人が歩み出る。おもむろに髪を――常備している変装用のウィッグを取り払うと、艶のある黒髪が露わになる。
そこにあったのは、恐ろしいほどに整った表情のない顔。由奈だった。
「ざんねん。告白相手は、怖ぁーい玲奈ちゃんでした」
「入れ替わってたの、わからなかった?」
「えっ、あっ、あっ、そん……え?」
後ろに控えた女子たちが、どっと沸き立つ。
「由奈ちゃんさいこー」
「まじドッキリ完璧にはまったじゃん」
「いえーい」
由奈が、玲奈の友達とハイタッチをしていた。
由奈は友達がいないと思っていた男子は、イメージとの違いに目を見開く。
「あのさ、別に由奈だって友達と遊びたい時はあるし、玲奈もひとりでいたいときくらいあるんだよ」
「えっ……?」
玲奈は、後ろの友達たちには聞こえない声で囁く。
「わかんない? 役の振り分けだよ。遊びたいときは『玲奈』に、一人になりたいときは『由奈』になる。入れ替わっても誰も気づかないし……あんたみたいにね」
「えっ、あっ、あああ」
「いいかげんわかった? あんたが好きだとか言ってた『由奈』は、半分は『玲奈』で。あんたが勝手に劣等感感じて馬鹿にしてた『玲奈』は、半分『由奈』――そんなこともわかんないで、由奈のほうが好きとかさ、笑っちゃうよね?」
「うっ、あっ、うああああああ⁉」
泣きながら逃げ出す男子に、友達の女子たちがさらにどっと沸き立った。
玲奈の隣に由奈が並んで、玲奈が吐き捨てる。
「きもすぎ」
「同感」
そして、二人は互いを見る。
「玲奈が『由奈』のときは、だいたいファッション誌とか読んでる」
「由奈が『由奈』のときは、いっつもマニアックな音楽雑誌」
「「……どうして、みんなそのくらいのことにも気づかないんだろうね?」」
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