16

 全く同じ声で、交互に繰り出される言葉の輪唱。それは反響する鐘の音のように、聴く者の脳裏に染み込んでいく。

 初めての感覚にただ驚く仁だったが、その傍らの遥にとっては見慣れたものだったらしい。

 そして、今の遥はかなり怒っていた。

「あなたたち、いくらなんでも失礼です! お客さんに対してなんてことを――」

「遥姉は黙ってて。そっちこそ、すぐに人を信じちゃダメだって言ってるじゃない」

「そうだよ。遥姉はいっつもお馬鹿でチョロいんだから」

「ばっ⁉」

 まさかの暴言に顔を真っ赤にした遥は、怒りの余り言葉を失っていた。

 その隣で、ひよりを抱きしめた茜は悲しそうに眉をひそめていた。

「二人とも、ごめんね……私が急に誘っちゃったから、びっくりしたよね。でも仁君は良い子だから。ほら、いつも話してるでしょ?」

「お母さんがそいつを大事に思ってるのはわかる。でもそれとこれとは別問題」

「私たちは認めてない。私たちを見分けることもできない人に、お母さんは任せられない」

「二人とも……」

 あくまで頑なな態度を崩さない双子に、茜はますます悲しそうに顔を引き攣らせる。

 そんな茜と遥の後ろで、仁はといえば。

「要するにさ、俺がおまえたちを見分けられればいいんだよな?」

 緊張感の欠片もない顔で、ちゃぶ台の上に肩肘をついていた。

 そのあまりにも舐め腐った態度と、高崎家の一員と言わんばかりの馴れ馴れしい態度に、双子の額に青筋が浮かぶ。

「ふーん。怒った顔もそっくりなんだな、すげえ」

「うざっ」

「うざっ」

「一之瀬さん、無謀ですっ⁉」

 気負った様子もない仁に、焦った遥が詰め寄る。

 遥は知っていた。このゲームでは、絶対に双子に――「由奈」と「玲奈」には勝てない。このゲームには、とある「必勝法」があるのだ。

 だからこそ遥は止めようとするが、仁は何でもないようにへらへらと笑っていた。

「なんだよ、別に大して難しくもないだろ?」

「いえ、そうではなくて。あの子たちのこのゲームは――」

「大丈夫だって、心配すんな」

 そう言って、仁は自信満々に笑ってみせた。

 不安なんて欠片も感じさせないその態度に、遥は何も言えなくなってしまう。何とかなる、と。そう思えてしまったから。

「……仁君?」

 それは、軽い確認のような問いかけだった。ほんのわずかな不安と、深い信頼と共に、茜は仁を見つめ。仁は、グッとサムズアップして答えた。

 それだけで、茜には十分だったらしい。何も言わずに引き下がった茜は、事の成り行きを見守るように後ろに控える。

 そうして、仁はあらためて双子に向き直った。

「確認するぞ。俺がおまえたちを見分けることができたら、おまえたちは大人しく一緒に飯を食う。それでいいんだな?」

「うん、それでいいよ」

「正解したらね」

「ついでに、俺が正解したら、おまえたちは俺と先生の仲を認めて応援する。それで間違いないな?」

「えっ⁉」

「別にいいよ」

「うぇっ⁉」

 全く与り知らないところで賭けの景品にされた茜が後方見守りポジションを秒で粉砕されていたが、仁も双子も聞いちゃいなかった。

 頬杖を突くのもやめた仁は、極めて真剣な表情で立ち塞がる双子を見上げ。双子は、我が家に入り込んだ害虫を始末するため、冷徹な戦意をたぎらせていた。それは、さながら決闘のように。

 尋常ではない緊張感が古アパートの一室に立ち込めるなかで。戦いの始まりを告げる一言が、双子の口から放たれる。

「「じゃあ改めて。どっちが本物の玲奈ちゃんで——」」

「そっちが玲奈で、こっちが由奈だ」

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