14
呆けたように目をパチパチさせる遥を余所に、仁は流れっぱなしになっていた水を停めた。
「火、そろそろ焼けたぞ」
「えっ? はっ⁉ わあっ⁉」
「慌てんなよ、大丈夫だ。焦げてはいない」
慌てふためく遥の横で、仁は戸棚から皿を取り出し、盛り付けていく。
「……まあ、何にせよ。今は無理だ。色々リスクが大きすぎる」
「そんなっ⁉」
「勘違いすんな。今の俺は高二。来年には卒業するし、十八で成人だ。つまり、あと一年で俺を縛る諸々の制約は消え失せる」
そう言って、仁は悪戯っぽく笑ってみせた。金髪ピアスの派手な見てくれに、軟派なその笑みはとてもよく似合っている。
「俺さ、狙った女の子を逃したことないんだわ」
溢れんばかりの自信に満ちた、不敵な笑み。キラキラと輝くような金髪と合わせて、軽薄でありながらも強烈な自我を感じるその微笑みは、未だ純情な乙女であるところの遥には、あまりにも刺激的で。
一瞬、完全に見惚れてしまった。
「……はっ⁉ いけないいけない、一之瀬さんはお母さんの――」
「そら、できたぞ」
「へっ? わあっ⁉」
遥が呆けている間に、盛り付けは完了していた。メインのハンバーグに、ありあわせの野菜のコンソメスープと、ミニサラダ。なんてことはない普通の夕食だが、だからこそ、高崎家の食卓にはふさわしい。
「食卓に運ぶの、手伝ってくれるか?」
「はいっ! もちろん」
「じゃあ、これよろしく」
言って、遥にハンバーグを押し付け、仁はスープを運んでいく。
「ああ、それとさ……」
「? なんですか、一之瀬さん?」
「手伝ってくれて、ありがとな。すごく助かった」
何気ない感謝の一言。ごく自然なその言葉に、遥は目を見開く。
だって、それは。その言葉は。
(私が、お母さんに、ずっと――)
遥は長女だ。お母さんを助けないといけない。そう思って頑張ってきた。料理だって、家事だって。その一心で練習して、がんばって身に着けたのだ。その甲斐あって、お母さんは一部の家事を任せてくれる。けど、どこか悲しそうなんだ。
『……ごめんね。遥ちゃんに、苦労かけて……お母さん、もっと頑張るね』
そう言って、お母さんはいつも申し訳なさそうに笑う。違うんだ。そんな風に悲しい顔をしてほしかったんじゃなくて。本当に、言ってほしかった言葉は——
「お母さんのことも、手伝ってあげてるんだろ? すごいじゃないか。えらいな」
別に、見返りがほしくて頑張っていたわけではない。ただ、自分が頑張ることで少しでもお母さんの負担が軽くなるならそれでいい。そう思っていたけれど。
でもやっぱり、頑張ってきたことに気付いてくれて、褒めてもらえるのは――嬉しかった。
(こういうところなのかな。お母さんが、好きになったのは)
心を見透かされているような、不思議な気持ち。でも、それが嫌ではない。
心に積もった暗い物がなくなって、代わりに温もりが隙間に広がるような。そんな暖かな気持ちを胸に、遥はハンバーグの器を手に、仁の後を追いかけた。
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