7
茜は教師であり、多忙な身だ。保育園に預けたひよりを迎えに行くのが時間的に厳しいときもあった。そこで、帰宅部エース(自称)であるところの仁が、時たま茜の代わりにひよりのお迎えに行くことがあった。
そのまま家に送ることもあれば、二人でどこか遊び歩いて茜の仕事が終わるまで時間を潰すこともある。公園で鬼ごっこに興じる日もあれば、近所のファミレスでご飯を食べたり、水族館でデート(仮)したり。最初こそ、仁に迷惑をかけると渋い顔をしていた茜も、仁とひよりが打ち解けていくにつれ、仁にお迎えを頼む機会も増えていった。
夕暮れ。仁がバイクを押して歩く傍らで、茜と手を繋いだひよりは、楽しそうに今日あったことを報告する。
「それでね、かくれんぼでゆうちゃんが花組さんで、わたしがおにだったの。それでね…」
「うんうん、なるほどなー」
子どもというのは、往々にしてお喋りを好むものだ。しかし、子どもであるからこそ、そのお喋りは要領を得ないことも多い。こうなってくると大変なのは聞き手側であり、滝のように浴びせられる一見意味不明な単語の羅列から意味を推測しないといけなくなる。
だからというべきか。得てして大部分を聞き流すことになり、生返事になりがちだ。そして、子どもというのは案外そういった反応の機微に敏感だ。仁がいまいち真剣に聞いていないように感じたのか、ひよりは不満げに頬を膨らませる。
「むぅ、ちゃんときいてるの?」
「ゆうちゃんが花組の教室に隠れちゃって誰も見つけられなかったのを、ひよりが見つけたんだろ? すごいじゃないか」
しかし、意外にも仁はちゃんと聞いていたらしい。
その事実が嬉しかったのか、ひよりは茜の手を離すと、ぴょんっと仁の腰に飛び着いた。
仁も一度バイクを押す手を離すと、開いた片手を差し出す。その手を楽しそうに掴んだひよりは、そのまま木に昇るみたいに仁の腕にぶら下がった。
「こーら、危ねえぞ」
「へーき。お兄ちゃん力持ちだもん」
「まあな。ひよりくらいだったら、何人でも持てるさ。ただこれだと進めねえんだよなぁ……」
「あのねあのね、またアレやってほしい! このまえ公園でやってくれたやつ!」
「公園? ……ああ、肩車か」
どうやらお嬢さんは少し遊びたい気分らしい。仁としては構わないが、問題は――
「仁君、よかったら遊んであげてくれないかな?」
「いいんすか? 先生、今日あんまり体調が……」
「ひよりの笑ってるとこ見てたら、元気でてきた」
だから大丈夫と笑う茜に、仁はガシガシと頭を掻く。
「……しょうがねえ。ほらひより、そこの公園に入るぞ。ちょっと遊んでやる」
「いいの⁉」
「ちょっとだけだ。もう少しで暗くなっちまうからな。それまでには家に帰る。いいな?」
「はーい!」
今にも駆け出しそうなひよりを茜が手を繋いで止め、あきれ顔の仁はバイクを押してすぐそこの公園へと向かう。砂場があって、広場があって、ブランコと鉄棒がある。その程度のさびれた公園だが、子どもにとってはそれでも立派な遊び場なのだ。
仁が公園の入り口脇にバイクを停めている間、ひよりは今か今かと目を輝かせていた。
「ったく……ほら。乗れよ、お姫様」
仁が屈み、ひよりに背中を向ける。期待に胸を膨らませていたひよりは、すぐさま仁の首筋あたりに腰を落とすと、両足を仁の肩口から前に回す。ひよりの腰が落ち着いたのを確認した仁は、ひよりの両足をしっかりと掴むと、腰にぐっと力を込めた。
「頭しっかり掴んどけよ?」
「はーい」
ひよりの両手が、仁の金髪をガシっと掴む。毎朝それなりの時間をセットに費やしているが、そんな苦労は子どもには関係ないらしい。それがまた不快でもないのだから不思議なもんだ、と。仁は苦笑しながら立ち上がる。
ひよりを肩に乗せたまま立つ、いわゆる肩車の姿勢。以前やってあげたソレが、ひよりはいたく気に入ったらしい。
「お兄ちゃん、進んで進んで!」
「あいよ」
大人の肩の上から見える景色は、子どもの背丈から見えるソレとはまるで別物だ。見慣れた近所の公園だって、たちまち新天地に早変わり。
仁の肩車に跨って、ひよりは心から楽しそうにはしゃいでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます