仁たちが通う私立東山高校。そこからおよそ五キロほど離れた辺りに、南川保育園は存在する。何の変哲もない普通の園ではあるが、昨今の園不足が問題になるなかで、やはり南川保育園も定員いっぱいに多くの子どもたちを預かっていた。

 時刻は十八時過ぎ。ぼちぼち保護者が子どもたちの迎えに来る時間帯。校門付近では、嬉しそうに連れ立って帰っていく姿が散見された。

 そんな中、ひと際目立つ二人組がいた。

 片や金髪ピアスに学生服の少年。そして、スーツ姿のやたらほわほわした雰囲気の女性(年齢不詳)。明らかに異様な組み合わせであり、当然のように周囲からの注目を浴びる。

「あら、仁君。久しぶりねぇ」

「ご無沙汰してます」

「高崎さんも、若い子捕まえちゃって。羨ましいわぁ」

「あははっ………」

 顔なじみのママさんたちに絡まれて、にこやかに応対する仁と、苦笑する茜。

 二人で保育園に来るのは初めてではないし、その証拠に周囲の視線も悪感情によるものではない。ただ、何かと派手な見た目の仁を連れている関係で、どうしても目立ってしまう。

 そう。茜だけでなく、仁もまたこの保育園に何度も訪れている。その理由は――

「あ~~~っ、お兄ちゃんだ!」

 溌剌とした声が響いた。

 保育士に付き添われて屋内から出てきたのは、幼い少女。母親譲りの明るい髪色と、くりくりとした大きな目。何より、全力で喜びを表現するような元気いっぱいの笑顔が印象的な少女。

 少女の名前は、高崎ひより。高崎家四姉妹の末っ子である。

 大好きな母親と、大好きな『お兄ちゃん』の姿を見つけるなり、ひよりはダッと駆け出した。

「おかえりなさい、ひより――?」

 全力ダッシュで駆け寄り、大きく両手を広げた茜――ではなく仁の胸に飛び込んだ。

「おうっ⁉ ……よしよし、良いタックルだなひより。効いたぜ。将来はレスラーか?」

 身長一一〇センチの少女が、一七八センチの仁に向けて真っすぐ飛び込むと、自然と頭が仁の腹部あたりにぶち当たることになる。

 痛い思いをさせないよう、突撃を優しく受け止めた仁だったが、予想を上回る衝撃に一瞬苦悶の声を上げる。しかし、抱きしめる手を離すことはなく。愛おしそうに、優しく頭を撫でた。

 仁に抱きあげられてご満悦な少女――高崎ひよりは、輝くばかりの笑顔を浮かべて言った。

「お兄ちゃんのいうことぜんぜんわかんないっ!」

「マジで? ジェネレーションギャップってやつか?」

「じぇねれーしょん?」

「おっさんの話は意味わかんねえって意味だよ」

「お兄ちゃんはおっさんなの?」

「まあ、ひよりに比べたらおっさんだな」

「お兄ちゃん、おっさん!」

「よし、ひより。俺が悪かった。だからおっさんなんて言葉は使うなよ。俺がお母さんに怒られる」

 ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべて仁にじゃれつくひよりと、それを優しく微笑みながら抱きとめる仁。それだけで互いが互いを大事に思っていることが伝わるような仲睦まじい光景を目の前に――茜は滝のような涙を流していた。

「ひっ、ひよりはっ……私よりも、仁君のほうが……っ⁉」

「いや待て待て待て、そんなわけないじゃないっすか⁉ ほら、ひより。お母さんのほうが好きって言っとけ。なっ⁉」

 号泣する母と慌てふためく『お兄ちゃん』を、不思議そうな顔で眺めていたひよりは、ふいっと仁の腕の中から手を伸ばし、茜の手を掴んだ。両手に遥と仁の手を握りしめながら、満足そうに微笑んで。

「わたしは、ふたりとも大好きだよ?」

 夕暮れがそうさせるのか。あるいは別の理由か。その笑顔は、六歳の幼子とは思えないほどに大人びて見えた。

「——~~~~っ! ひよりっ!」

「うぉっ⁉」

 感極まった茜は、たまらずひよりを抱きしめた。ただ、仁の腕の中にいるひよりを抱きしめるということは、必然的に仁もいっしょに抱っこする形になるわけで。

 顔を真っ赤にして固まる仁を余所に、茜は愛娘に縋りついて泣きじゃくっている。そして、大好きな二人に挟まれてご満悦なひよりは、キャッキャッと楽しそうに笑っていた。

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