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「すごいよ、二人とも! 二人とも八〇点以上! 期末の平均と比べても、すごい高得点」
採点を終えた茜から、歓声があがる。
結果は、深月が九五点。仁が八七点。二人とも、文句なしの高得点だった。
「期末に比べても問題難しく作ったはずなのに、この点数はすごいよ」
「いえ、まだまだです。最後の応用問題は、結局失点してしまいましたから」
「まあ、あれたぶん授業でもやってないしな。俺なんか途中の問題もふつうにミスったし」
「仁君のは、ケアレスミスのレベルだと思うよ。ちゃんと復習して、同じミスしないようにすれば大丈夫。最後の問題はすごく難しかったと思うけど、二人とも最初のアプローチは間違ってなかったから。基本的な考え方がしっかり身に着いてる証拠だよ」
喜色満面で褒めちぎる茜に、二人も照れたように頬を掻く。
それでも嬉しさが止まらないらしい茜は、満面の笑みと共に続ける。
「二年のこの時期でこれなら、二人とも国立の良い大学も狙えるよ」
「委員長は東大志望だっけ?」
「あたりまえです。志は高く、日々精進あるのみです。あなたも、死ぬほど頑張れば不可能ではないと思いますよ」
「いや、さすがにそれは……俺はどっちかっていうと奨学金の条件が良いとこがいいかなって」
「……そういうものですか」
深月とは違い、仁はお世辞にも家が裕福とは言い難い。進学資金のためにバイトもしているが、塾や予備校に通うのは難しいだろう。そんな環境で東大合格はいくらなんでも高望みだ。
当たり前といえば当たり前のことだが、同じ大学に進学する夢をあっさりスルーされた深月は力なく項垂れて落ち込んでいた。
微妙な顔で誤魔化そうとする仁を見て、茜は曖昧な笑みを向ける。
「まあ、お金のことは大事だよね。でも、やっぱり上を目指すのは悪くないと思うよ。将来のためもあるけど、頑張った思い出は自信になるから」
「あざっす。まあ、英語克服しないと厳しいんすけどね」
たははっ、と。笑う仁に対して、茜は至極真面目な顔で答える。
「基本の文法は頭に入ってるでしょ? なら、後は単語の知識と長文読解の経験だけ。知識は暗記、経験は単純な演習時間の問題。仁君なら絶対にできるよ」
「なんすか、先生。今日めっちゃ褒めてくれますね。俺、めっちゃ調子に乗りますよ?」
「いいんだよ、調子に乗って」
仁の目を覗き込むように、まっすぐ見つめる茜。
その視線が、あまりに真剣だったから。仁は一瞬言葉を忘れ、自分を見つめる双眸に見惚れていた。
「仁君は頑張ってきたじゃない。今のテストの点数がその証拠。私は、仁君が頑張れる子だって知ってる。そんな仁君なら、もっと幸せな未来を掴めるって信じてる。調子に乗っていいんだよ。仁君は私の自慢の生徒なんだから。だから、どうか胸を張って。ねっ?」
「……大袈裟っすよ。俺なんかに、そんな……」
茜の揺れることのない視線に耐え切れず、視線を落とす仁。
長めの前髪が顔にかかり、その表情はうかがえない。ただ、前髪の束を手で弄り回すその仕草は、あまりにも露骨な照れ隠しだった。
「でも……ありがとうございます。なんか、嬉しいっす」
ぼつり、と。絞り出すような呟きに、茜は優しく微笑んだ。
傍から眺めていた深月も、満足そうに頬を緩め、そして不意に悪戯っぽく微笑んだ。
「私も知っていますよ。一之瀬君が実はとても真面目なこと。去年の冬の期末前に、必死な顔で『化学全然わからないから教えてくれ』って頼み込んできたり。先生にいいとこ見せるんだって、一生懸命でしたもんね?」
「おまっ⁉ ちがっ、あれは普通に進級のために――」
「『先生は俺のために頑張ってくれた。俺も、応えなくちゃいけないんだ』でしたっけ。いつもの一之瀬君とは見違えるような、固い決意を感じる凛々しいお顔でしたね」
「仁君、そんなこと思ってたの? もう、変に気にしなくていいのに」
「いやっ、その……」
「でも、嬉しいな。ありがとうね、仁君」
ふにゃっと、心から嬉しそうな、緩んだ笑顔。
純度一〇〇%の善意と喜びで構成された眩いばかりの笑顔を前にしては、否定のために強くでることもできず。仁は端正な顔を羞恥で赤く染めながら、ばつが悪そうにそっぽを向いた。
「……うっす」
一之瀬仁。一七歳。髪の色は金。ピアスは左耳に二カ所。好みのタイプは「気の強い女」、苦手なのは「お節介焼きの人」。「自分の長所(自己分析)は?」と問われて「顔」と答えた男。
女からの賞賛など数知れず。しかしだからこそ、下心なしの本気の賞賛は苦手だった。
赤くなった仁を見て、茜と深月の二人はニヤニヤと笑みを深くし、それをわかっている仁は苦々しく窓の外を見つめ続けるのだった。
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