第54話 茜色の色欲


 啖呵たんかを切ったそばから羞恥心が

全身を駆け上がり、顔の内から燃えるように血が熱くなるのを感じた。


 本音で意気込むしかなかった。

『恋愛弱者があまり強い言葉を使うなよ、

弱く見えるぞ』


 と内なる自分に語り掛けられ、

そんな悲観する自分を振り払って出た、正直な感想なのだから。



その結果がこのありさまなのだが・・・



 「なにあれ、告白?」

「愛の伝道師かなにかかよ」


 周囲は嘲笑を、砂に吐き捨て去っていく。



 『バカ真面目に答えたせいで訂正できん!!猛烈に死にたい・・・』



 ただ、恥ずかしくなるような言葉を真正面から受けた旭川本人は、

自分や、周囲の人間の面映ゆい反応とは裏腹に、

涼しい表情を変えることもその場から離れることもなかった。



 「そう・・・教えてくれてありがとう」



 ようやく顔をこちらに向ける旭川。


言葉に色はなかったが、表情はどこか柔らかい。



 「いっそ茶化してくれた方が楽なんだが・・・

だいたい恋愛初心者みたいなやつにそんなこと聞かないでくれ」



「茶化す?・・・」


「あぁ、恋愛を語る馬鹿だ、と笑いとばしてくれるくらいのが楽だ」


「そう、人生でたった一度の恋愛。

特に発展することも進展することもなく、

それでいて半年も続かない男の説得力は違うわね」


 「・・・まごう事なき事実だが、

こうもハッキリと言われると心にくるものがあるな・・・」



 改めて真実を、声に出して言われると、

再び恥ずかしさが足の底から湧いてくる。


だが、不思議とそこに惨めさは欠片も感じなかった。



「・・・冗談よ」


「いや冗談に聞こえなかったがッ!?」



 人をたたいて、「ドッキリだよ!」

みたいにされても

叩かれたところは痛いわけで。



 「私、恋愛がどうあるべきかなんて真面目に考えたことなかった。

きっと本気で向き合ってなかった。

それなのに人には偉そうに、

自分の恋愛像を他人に押し付けようとした。

・・・もしかしたら私の今書いている作品も、

私の恋愛像の押し売りなのかもしれない。

そう考えたら、正しい恋愛って何だろうって

分からなくなってしまって―――」



 彼女はまた小難しそうな表情で膝を抱いた。

 


『珍しいな、自分のこと話すなんて』



 普段の彼女は要件や質問の話をしてくる事がほとんどであり、

身の上話や、自分の話をする隙は与えてくれない。


 普段何をしてるか聞いても「執筆よ、あと家事」

としか教えてくれなかった。


 それが今日は自分の心境を述べている。

今度は嬉しさよりも驚きが勝った。



「なるほど、それでいつになくトゲトゲしてるのか」


「してるかしら」


「してるだろ、無自覚かよ・・・」



 普段、旭川は嫌味な事を言うようなこともなければ、

熱々タコ焼き攻撃を人に喰らわせるような性格でもない。


 過去にあった具体的な例を挙げるとすれば、

酒酔いして吐瀉物を頭上からぶちまけられたり、

脱衣所で彼女に全裸を見られドライヤーを

股間に全力で投げつけられたりする程度だ。


「いや、十分攻撃的か・・・」


「なに?」


「なんでもありません」



しょくに逃げ、

たこ焼きをまた一つ口の中に放り込む。



 「私と違って、実際に恋をして、

本気で恋愛に向き合った樺月君なら、

何か知ってるかなと思ったの」


 「・・・短くて、情けない恋愛でもか」


 「短くて、どうしようもなく惨めで、

未練たらたらな恋愛でもよ」


 「おい待て、また本音が追加されているぞ」


 

 悪びれるでもなくキョトンとした顔の旭川、

「それがどうかした?」と言わんばかりだ。



 きっと悪意はないのだろう。

少し吹き出しそうな笑いをため息に変え、

水平線に視線を泳がせる。



 海を青から茜に変え始めた夕日の輝きもあってか、

すこしだけ見惚れしてしまった。



『やっぱり美人だ・・・』



体育座りから見える彼女の脚線美も、

崇高な画家や彫刻家がみれば、

作品にせざるを得ないだろう。


『太ももに潰れるシャツのたわみもエッッ―――』

「樺月君」


「ハイッ!!!」



 思春期妄想にメスが入る。

急な呼びかけに返事と共に立ち上がってしまった。



「少しだけ、気が楽になったわ」


「それは何よりだが・・・わざわざ言わなくても」


 「言うわよ。

これでも今は感謝しているのよ・・・彩愛先輩にも聞いたわ。

私を心配して今日海に来てくれたって」



『せんぱい・・・』


 親指を立てて得意げにウィンクしている先輩が脳裏に浮かぶ。



「ま、まあ蒼汰もいたしな・・・別に感謝される事でもないだろ」



 旭川の水着姿が見たかったという下心は死んでも言うまい。



「今日のお詫びと感謝も込めて何か私に出来ることない?」


「旭川に・・・出来る事?」



 自分が立ち上がったせいで、自然と旭川は上目遣いになり、

脈拍が一気に上がった。



 「今回の海の件、樺月君が私を心配して来てくれたって

先輩が言ってた事が本当なら、いつもみたいにココアじゃ事足りないと思っているの」



 「言う事聞いてくれるってこと?」


 「ええ、私に出来る範囲だけど・・・」



 不意に煽られる加虐心、

旭川のあられもない姿が焼けた空に映写される。


 試される漢心、ここで

「そんなのいらないよ」

と、格好つけることは容易いだろう。


 だが普段、ビジネスパートナーのような関係の彼女に

私利私欲をぶつけることが出来る機会はそうない。



 だからと言ってあまりに卑猥な発言は、

今後の関係に悪影響がでる。



 『控えめなお願いとして、水着が見たいって言ったら、

こいつ水着見たくて海来たのかって思われるよな』


❝水着の実装❞


 海に来ることに際して、期待した水着イベント。

健全な男子なら誰もが期待するであろう。


 ソシャゲならその実装イベントだけでアプリの売り上げランキングが

上位に跳ね上がる程だ。



『水着というワードを避けつつ水着姿を拝む方法はないのか』


 今日の記憶から有用な情報を探る。


 たこ焼き、イルカの浮き袋、焼肉、荷物番、瑠璃音のパーカー姿、

旭川の私服、旭川が一人岩礁にいた景色。



 「天啓を得た!私服のまま

海に浸かっていたってことはそういう事だろ」


 「え?」



 次は大きな声で恥ずかしい言葉を言わない。

人の数は随分と減ってきたが

それでも大衆の面前で恥をかくのはこりごりだ。



 旭川にだけ聞こえるように前かがみに囁き、

それでいて下心がバレないように真剣な顔で言った。





「今着てる服、脱いでください」






「・・・・・・最低ね」





 緋色の空に清々しい炸裂音が響いた。


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