第53話 たこ焼きとカノジョ

 彼女は波が何度か打ち寄せた後、首をあげる。


  相変わらず真っ直ぐな視線は、

こちらの瞳の奥を遠慮なく覗きこんできた。


 その澄み切った瞳の光に当てられる自分は、

なんて不釣り合いだと、顔がじんわりと熱くなるのを感じる。



「え・・・あ、うん」


 豆鉄砲が喉元に直撃。


 なんてリアクションすればいいのか分からなくなり、

人ごとのような返事をしてしまった。


 我に返り、目をそらしてしまいながらも、

「やっぱり自分に怒ってたんだな」と再認識。



 『旭川が感情的になるなんてことあるんだな』


 旭川は、

冷たい機械のようなイメージだった。


 なんなら今も、そのイメージは払拭出来てはいない。


 だが今、真面目な顔で謝りながらも熱々のたこ焼きのパックを、

やけどしないように左右の手で交互に持ち替える彼女の姿は、

無機質な女性ではなく、

 真面目だけど、少しだけ抜けていてる子なのかもしれない。


 そんな風に思えた。


 そして、そんな彼女の内面を知れたのは、

自分だけのように思えて、ちょっとだけ嬉しい。



 「何、その顔。

そもそも海岸で話したとき、

謝れと言ったのは樺月君。貴方でしょ?」



 驚きの中で、口角が上がってしまっていたところを

ばっちり見られた。 



 「そうだな、俺だわ」


 「何、その返事」



 声色はいつもの旭川に戻っている。


 緊張が解けたのと、会話のやり取りが子供みたいで、

ふふっと笑いが漏れてしまった。



 だが旭川は釣られて笑わない。


 プイっとそっぽを向き、腕組をしようとする。

が、タコ焼きのパックを持っていた為に断念した。


 仕方ないといった様子で、腰元で手首を掴んでみせる

動きもおかしくて、また笑ってしまった。



 「熱いよな、出来たてって言ってたし」


 「熱いわ、慣れたけど」




―――それから許す許されるの話をするでもなく、

互いに尻を砂に着け、並んで水平線を眺めた。



 『何はともあれ怒ってないみたいでよかった。

でもあの«待って»を言われ、俺は謝れていないんだが・・・

いや❝ありがとう❞が先か?

旭川には助けてもらってるしな。

でも、いきなり感謝なんてしたら盗み聞きしたのがバレる・・・』


 だが穏やかな水平線とは相対して脳内は荒れ模様。 

 


 あの仲違い以降、まともに口をきいてくれず、

たこ焼きを頬に押し当てられた時には、

どうなる事かと思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。



 何故だか波の音がやたら大きく聞こえる。


 『これってもしかして、はたから見たら恋仲に見えてたりするのか。

実は旭川もそんな風に思って照れくさくなったりして・・・』


 そんな疑問は言葉にする前から分かってしまう。


 「するわけないか」


 声に出して自分の妄想を否定。


 彼女の涼しげでじっと海を見つめる横顔に

照れや、恥じらいなどは欠片もなかったから。


 時折、自分でも恥ずかしくなるような妄想が、

降って湧いてくることがある。


 そういうときは決まって声に出して否定する。

その方が、なんとなく早く気がまぎれるから。



 「いつまでも手に持ってるのも熱いし、

出来れば食べて欲しいんだけど」



「あぁごめん。もらうよ」



 旭川には、こちらの独り言が聞こえていなかったようだ。


 安堵と同時に変なため息がでた。


 横顔をこちらに向け、

たこ焼きのパックと、割り箸を差し出してくる仕草すらどこか品があり、

心臓を打つ音が早くなった。



「最初みたいに❝あーん❞って食べさせてくれるわけじゃないんだな」

 

「最初って。別に最初も口に入れてあげるつもりはなかったけど」


「じゃあ、何かっ!ほっぺたにタコ焼き当ててきたのわざとかよ!!」


「わざとよ」


「わざとかいっ!」



 顎を引きながら受け取ったパックは、

思っていたよりずっと熱かった。


 同じ海を、同じ目線でながめ、

貰ったたこ焼きを頬張る。


 潮風を受けながら食べるたこ焼き。

「おいしい」と素直な感想を述べるも無視された。





「樺月くんにとって恋愛って何?」


「ぐッ?」



 突然の問いを投げかけ。


 海の雰囲気をじっくりと味わう間もない。


思わず、口の中のタコが出そうになり、それを慌てて飲み込む。


 旭川は、こちらを気に掛ける様子もなく体育座り。

顔は海に向けたままだ。



 「どうしたんだよ急に、

作家みたいな質問して」


 「作家よ」


 「知ってるよ。ちょっとした冗談だ。真顔で答えないでくれ」


 「そう」

 

 彼女と色恋沙汰の話しをするのは、初めてではない。

どちらかというと日常的。


 だが、恋愛とは何か、

なんて質問をされたのは初めてで、

その為、思考と箸が止まってしまった。


 というのも、旭川とする恋愛話は、

決まって過去の恋愛の経験談だけだった。


 当時の恋人に思っていたこと、

彼女とどうしたかったのか、

どう悔やんだか、

そんな当時の心境を取材するような事務的な話だけだ。


 当然である。


 旭川奈桜にとって柴崎樺月は、

あくまでビジネスパートナーなのだから。


 物語ストーリーに感心があるだけで、

個人キャラクターには関心が無いのだ。




 だが今回の質問はいつものそれとは違う。

問われている。


個人に


『こ、こんな事を聞かれるのは初めてだ・・・

何か期待されているのか?

それならば哲学的な事を言うべきだろうか・・・

例えば、

❝恋愛とは生きとし生ける者の本質❞

❝愛とは魂の確執ッ❞とかッ!』


 タコ焼きの上で踊るかつお節を一点に見つめ

彼らと共に思考が揺らぐ。


 『いや待て。

その手のジャンルは小説家である旭川の専売特許!

俺が恋愛について何か神秘めいた事を言ったところで、

何言ってんだコイツ認定されるのは目に見えているッ』



 下唇にキュッと噛みつき、眉間にしわを作る。


 そして、その答えを溜めずに吐き出した。



「恋愛とはッ!!人を心底慈しみッ!想いやる心だッ」



 沈黙に耐えられず、溜めていた息ごと吹き出すようにボンと出た。


 当たり前でなんのひねりもない言葉が、

思ったより大きく声で出てしまった。


 さらに、恥ずかしい文言だからと、

噛まないように一回でちゃんと言おうとした為に、

キレッキレの名言ぽく砂浜に響いてしまい、

周囲の男女からの視線を集めた。


 沈黙に波がせせら笑う。



『もしかしなくても今、

俺はすごい恥ずかしいヤツなんじゃないか・・・』


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