第52話 詫び二つ、気持ち一つ

 自分は気が利く男ではないにしても、

察しは悪くない男だと思っていた。


 いや、何なら今もそう思っている。


 


例えば

 美容院で髪を切り、その後スタッフにワックスお付けしますか?

と聞かれた際、

お昼の時間が過ぎていたり、閉店時間が近い時は、

「いえ大丈夫です」断ったりしている。


 何故なら、«早く休憩したいだろうな»«早く帰りたいだろうな»、

と勝手な気を使っているからだ。



 他にも、居酒屋でラストオーダーを聞かれた時、

揚げ物セットを頼む蒼汰を、サラダに誘導したこともあった。


 厨房の油の処理には時間がかかり、

ラストオーダーで頼まれてしまうと、

店員さんの勤務時間が伸びる事を知っているから。


 コンビニなんかのよくある買い物でも

お菓子を買ったり飲み物を購入する際、

バーコードを見えやすいように置いている。


 そんな、

人に感謝されることも、気付かれることもない、

小さな気遣いを、疲れない程度にしながら生きてきた。



 ここまで聞くと、

多少善人ぶっているのように聞こえるかもしれない。


 だが実際は、善人になりたいわけでも、

人に好かれたくてやっているわけでもない。


 見えないところで悪く言われたり、

心の中で嫌われるのが怖いのだ。


 とどのつまり自分は、

人からの評価が気なる性分であり、

好かれる努力は面倒と考えるも、嫌われたくなはない


臆病者なのだ。



 そんな小心者が、

赤裸々に全力で好意を寄せ、

その相手に嫌われたりでもしたら、

心的ダメージが大きいということは想像にかたくないだろう。



「まーじでショック・・・」



 暑いひざしもなんのその。


 後頭部と前頭部を抱えながら、

一人砂浜の上で腰を落とした。



 「荷物番を一緒にしたときは、少しは関係良くなったかなって思ったけど、

あの言われ方は完全に嫌われてるよな・・・」




 彩愛先輩に「ガールズトークなんだから」

と、有無を言わさず店の外に出された後、

実はこっそり店の裏手に回り、会話を盗み聞いた。


 女同士の秘密の花園を犯すような行為に最初は、

「盗み聞きはいけないこと」と«理性»がブレーキをかけてくれたが、

瑠璃音と旭川の二人きりとなれば、そうも言ってられない。


 行動ぬすみぎき一直線に

«本能»がアクセルを踏み抜いた。



 瑠璃音は元カノであり、

旭川が参考にしている失恋話の当人だ。


旭川が、樺月の元カノが瑠璃音だと知ってしまったら、

小説に事関して、根掘り葉掘り彼女に聞きかねない。



 過去の恋愛を、知人が質問するだけなら大した問題ではないだろう。


だが、【今カノ】が【元カノ】に過去の恋愛話を聞く、

となれば話が変わってくる。


 瑠璃音という爆弾に、旭川という名の火のついた導火線。


 ハプニングが起こるのは時間の問題であり、

ましてやその火種が自分となれば、他人事ではいられなかった。



 しかし、

最初にハプニングが起きたのは自分の両頭部。


 聞き耳を立てようと、海の家の外壁板の隙間から瞳を差し込んだ瞬間、

覗き魔の後頭部にバレーボールが直撃したのだ。


 さらにその勢いで前頭部は壁に衝突。


 「ぬ゛ぅ」と声を押し殺し、叫ぶのを我慢したが、

「すいませーんボール当てちゃいました」

と謝ってきた後の女性達の不審がる目が恥ずかしかった。


その場から逃げ出したくなるほどに。


 その恥ずかしさと両頭部の痛みに耐えながら、

聞き耳を立て、そして後悔した。



 去年のクリスマス、

瑠璃音がデートに遅れてきて、罪悪感を感じないようにと、

その場で咄嗟に「自分も遅れたから」と入れたフォローは嘘は、

女子達の中で笑いの種になっていたということ。


 そして、瑠璃音に求めていた行動は全て迷惑だった言う事。


 それ以外にも散々言われたような気がしたが、

ショックのせいか、脳にぽっかり穴を開けられたように記憶が抜け落ち、

よく思い出せない。


 自分が好きだった人から、白い目で見られていたと知り、

それからというもの脳のメモリーは、

惨めさと申しわけなさで容量がいっぱいになっていた。


 ただ、「おっぱいに話しかけられてる」と言われた時は、

自覚はしていた為、ど正論過ぎてぐうの根も出なかったが・・・



 「マジで俺、情けねー」



 前後を抑える両手は側頭部に移動し、耳をふさいだ。


 何も聞きたくない。

波の音も、浜辺の人の喧騒も。

砂で熱くなるお尻さえ、どうでもいい。


 目を閉じると、記憶の中の瑠璃音とマリン部の嘲笑が、

頭の中で繰り返し響いてくる。



 「帰って寝てぇ」



―――【彼と一緒にいて、迷惑だと思った事は一度もありません】


 思考に蓋をする刹那。

旭川の台詞せりふが響く。



「・・・庇ってくれたのかな」



 旭川にとって、その言葉が本心か、建て前かは定かではない。

それでも、その言葉がスーッと胸に溶け肩が軽くなった。



 「・・・御礼は言わないとな」



彼女に救われた自分がいる。


 きっとその言葉を聞いていなかったら、

恥ずかしさと惨めさで浜辺にはいられないだろう。


 だがまたしても肩に重力がかかる。



「あー、そうだ、旭川と言い合いになったままだ・・・

謝るのが先だな。また会いに行っても

«あっちへ行って»とか言われそうだけど」



 腹に溜まった毒を吹き出すように、大きなため息が出る。

と同時に、息を吹いた頬に電流が走った。



「のわあっちッ!!いってぇッ!!!!」



 思考より先に声が炸裂する。


 熱砂の中を一回転、

のたうちながらも頬を抑えながら受け身を取り、

つん這いで獣のように振り返った。


そこには、たこ焼きにつまようじを刺し、前かがみで構える旭川の姿。


 朝と同じ黒のTシャツにハーフパンツが、相変わらず良く似合っている。


 潮風に揺れるポニーテールが不覚にも男心をくすぐられる。


 どうやら頬を走ったのは電流ではなく、激熱のたこ焼きだったらしい。



 その証拠に、真夏日のもと

パックの中で鰹節が、ソースの上で揺れていた。




 「・・・あ・・・あーん」


 「色々と端折はしょりすぎだろ!、過程をッ!」



 いや、過程ってなんだ。

ツッコミと同時に自身に自問。


 珍しく、こちらに目を合わせもせず、じとっとした目を滑らせ、

言葉を付け足す旭川。



 「・・・その・・・焼きたてを買ってきたの」

 「知ってるわっ!その身をもって確かめたわッ!」



頬をぬぐい手にソースが付いているのを確認していると、

 食べないなら仕方ない。といった様子で、

彼女はたこ焼きを元のパック中に戻した。



 『なんだなんだ!?

まさか、海で話した喧嘩の続きをしようってか?

・・・それとも盗み聞きしたのがバレていて、

断罪しにきたというのか!?』



 盗み聞きを始めてすぐ、二人が席を立ってしまい、店を出てしまった為、

その後、二人がどうなったのか皆目見当もつかない。


 もしかしたら、瑠璃音の席から自分の姿が見えていて、

外で覗き魔だと二人に揶揄されていたかもしれない。


 詮索したい気持ちが逸る。


だが、そんな感情を拳の中で握りつぶした。


今は詮索より先に他に言うべきことがある。


 三足歩行体勢から、二足歩行へ状態変化させると、

すぐさま両足を揃えて腰を折った。


旭川にあったらこうする。決めていた事だ。



「旭川ッ!俺、海辺でちゃんと事情も聞かず怒ったりしてゴメ―――」

「―――待って」


「え?」


 謝罪を最後まで言い切ったかどうかの所で、

下げた頭頂部に❝待った❞が掛かかった。


 「嫌だ」とか、「それだけ?」となにかしら罵られる覚悟をしていた。

最悪の場合無視されるかも、とも思った。


 その為、「待って」と言われるのは想定外。


 思わず顔をあげ、彼女の顔色を伺おうとしたがそれは叶わなかった。


 旭川もまた、こうべれていたのだ。



「先に謝るべきは私のほう

私のこそ、事情も知らずに先走った考えで樺月君に

怒ってしまってごめんなさい」



 彼女は、後ろに縛った長い黒髪を肩の前に垂らし、

黒百合の花のように腰を折っていた。


 





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