第48話 海の家

 「それでさぁライン交換したのー」

 「マジ!?やばすぎー!!」




 「真夏のビール気持ちよすぎだろ!」

 「お前、もう潜れないからな?」

 「しゃあ!!今夜は女子のベッドに潜り込みじゃあ!!」


 「「やだぁー!」」



 四方八方から男女の声が盛んに飛び交う、

海の家のお座敷。



「ま、こうなるわなぁ」



 潮の香りに、やきそばソースの焦げた匂いが混じるこの平家ひらや


 紙の取り皿に盛られた焦肉こげにくを一点にため息が出た。


 スポーツ愛好会の4人で貸し切りと聞いていた海の家は、

大勢の若い男女達で賑わい、

テーブルには飲み物や酒、配られた紙皿と割り箸が散乱していた。


 盛り上がっているのは、

マリンダイビングサークルの面々だ。



  『海の家の店長は

このサークルのOBなんだっけか』



 お座敷、テーブル共に貸し切りだが、

テイクアウト専門で店は営業しており、

厨房では店長が鉄板とにらみ合い、焼きそばを焼いている。



 『卒業生とはいえ、先輩がいるとなれば、

後輩は挨拶に行くのは自然な事か』



 挨拶に来た場所が、

日向より涼しく、飲みものを購入出来る上に

使われない茣蓙ござがあるとなれば、居座る理由としては十分だ。


 そこに焼肉のこうばしい匂いが加われば

運動後のマリン部が駆け込んでくるのは必至。


 あっという間にサークルの垣根を越えた

焼肉パーティの出来上がりである。


 垣根を越えたと言っても彩愛先輩は、

厨房を間借りさせてもらって焼肉奉行中。


 大人数相手に肉を振る舞っている

 

 蒼汰は酒を飲んでマリン部と親しげに海を語らい、

旭川は一番遠い御座敷の隅で一人膝を抱えている。


以上のことから自分は絶賛ボッチであり、

垣根を越えられない人間の一人だった。



「どおしたよぉ、つまらなそうな顔をして。肉は嫌いか?」


肩にズシンと負荷がかかる。


「半裸の男に肩を組まれる趣味は無いぞ。あと肉は大好きだ」



 腕の主は海の語り部、蒼汰。

それを軽く払い両手で箸を割った。



「確かに食べれる肉の量は減った。だがその分

 マリン部がポテトと焼きそばを大量に買ってくれただろ、

分け合おうぜ」


「別に、食い意地張ってテンション下がってるワケじゃないんだが・・・」



 陽キャの空気にあてられたのか、

妙に高いテンションがちょっと気持ち悪い。



「瑠璃音ちゃんのことか?俺も本人が来るとは思わなかったんだよ。来ないって聞いてたし」


「別に気にしてないさ。

仮に蒼太が知ってたら、行く前でも、

移動中の車の中でも俺に言うタイミングはいくらでもあっただろ」


蒼太は「まあな」と軽く相槌をしながらも

水着目は泳いでいた。


『もしかしてなんかあったのか』


怪しい。

だが蒼太は自分の数少ない友人で信用できる男だ。


 蒼太は初めての彼女が出来たと伝えた時、

それはもう自分の事のように喜び、

それからというもの、瑠璃音がどこにいたとか

何をしていたとか、自分の彼女の事のように

情報を提供してくれるようになった。


 最初は、人の彼女の事をペラペラと話す

気味の悪い友人程度に思っていたのだが、

ある日、


冗談半分で「浮気されたらどうしよう」

と、話のネタ程度に振った話で

自分は蒼太に顔面を拳で吹っ飛ばされた。


そして痛がる間もなく、彼は鬼の形相で、


「自分が好きで、自分を好きだと言ってくれる

人を疑うなっ!ぶん殴るぞっ!」


と言った。


「既にぶん殴られているんだが・・・」


とツッコむべきか、殴るほどの事か

と反論するべきか悩んだが、

口から出たのは「ごめん」の一言だけだった。


 そんなお熱い友情プレイも合間ってか

蒼太はふざけたやつでも信用できる男だと

結論付けている。


 そんな男が想定外だったいうなら、

本当にそうなのだろう


「なら何かあったのか?元気ないぞ。腹を割って話そうぜ」


「じゃあまずは、お前の割れない腹に箸を刺してだな―――」

「まてまて、そんなの刺したらささくれが中に残るだろ」


 凹凸のない平べったい腹をさする蒼汰。


 ツッコミがずれている気がするが、

今は相手にしている場合ではない。



 相手にするべきは・・・

 

目線の行き止まりには旭川。

彼女も一人、奥の座敷の隅で黙々と焼肉を食べている。



 「なんだなんだ旭川ちゃんを見つめてぇ。声かけてくればいいだろ。

そんでもってついでに水着拝ませてくれって頼んでこい!」


 「別にいいよ。あと願望が口から出ているぞ」


 、旭川とは一言も会話をしていない。

柴先輩や蒼汰が、肉を焼く手伝いを自分や旭川もしていたが

話すタイミングが見つからなかった。


それどころか目を合わせてくれることさえ一度もなかった。



 「・・・そもそも、なんて話したらいいのかも分からん」


 「そんなの気軽に話したらいいだろ、

この前の飲み会の時は、お世話になりましたって」


 「いや、あの日お世話したのは俺だから!!

てか今更だろ。合コンの話なんて・・・あ」



 思い出した。

合コンの後の話を蒼汰にほとんどしていなかった。



「なんだなんだ?合コンの話なら俺らも混ぜろよぉ」



 なだれ込んでくるマリン部のやから達。


 蒼汰は、マリン部とダイビングに興じたことで、

すっかりサークル内で打ち解け、楽し気に合コンの話をし始めた。





「何っ!!あの黒髪美女!!合コンで出会い、そして付き合ったのか」

「え?お前旭川ちゃんと付き合ってたのか!?」



 マリン部の面々は驚愕顔。

その中心に蒼汰が間抜け顔が咲いていた。



「なんで蒼汰まで驚いて・・・あ」



 再び思いだす。


 «旭川奈桜と付き合っている»、と彩愛先輩の大嘘発言中、

蒼汰はその場にいなかった。


こちらの状況を何ひとつわかっていない人間が身内にいたのをた。


 本当のことを蒼汰に伝えておきたいところだが、

マリン部がいる手前、

『彩愛先輩の嘘で俺達は付き合ってないよー』

とは言えない。



「あぁ、えーっとつい、こないだな」


「だったら二人で仲良く食えよお!」


「そうだそうだ!!可愛い彼女を一人にするんじゃない!!」



蒼汰のツッコミと共に屈強なマリン部の男達に強引に掴み上げられた。



「え!あ、のわぁ」



 あっという間に旭川の前にはじき飛ばされてしまった。

前には壁と旭川、後ろを見れば、蒼太と男達の視線。


「話は帰りの車でちゃんときかせろよぉ」

 

 最後に後ろから耳打ちしてくる蒼太。



『逃げ場なしか・・・』

 

 日に焼けた男の、

白い歯で見せる笑顔は何とも爽やかだが、

いくつも並ぶと少し気味が悪い。

 

 だが思っているより、

悪い人達ではないのかもしれない。


 気を取り直して前を向くと、

ポテトをハムスターのように頬に運ぶ旭川が一匹。



「よぉ。肉のとりわけ係・・・お疲れ様・・・」


「・・・お疲れ様」


「隣、いいかな」


「・・・」



 返事をしない彼女の隣に腰をかけた。


 だが旭川は避けるように、

さらに隅へ隅へと体を角に詰めていってしまった。



『やっぱり怒ってるのか・・・』


 露骨な距離の取り方。

それでも和解するための努力はするべきだろう。



『うむ、気まずい・・・』


 二人並んで肉を黙々と食べる時間が少し過ぎ、

落とした腰の座り心地の悪さにお尻がムズムズし始めた時だった。



 「ふう・・・ごめんねぇ

スポーツ愛好会だけで食べるつもりが

マリン部との合同焼肉パーティになっちゃったよ」


 気だるげなのは、元からなのか、

疲れたからなのか、

座敷に上がり込むと眠そうに瞳を細くさせた。


 どうやら先輩は焼き奉行ぶぎょうから解放されたようだ。



 「お疲れ様です。先輩の嘘のせいで俺らは大変でしたよ」


 「あーごめんごめん。でもおかげで心配するようなことは起きなかったでしょ?」


 「ま、まあ」


 先輩は得意げにウィンク。

蒼太が見たら嫉妬されるだろうか。


 実際、旭川に話しかける男を見ていない。

話しかけずらい雰囲気を出しているから、

ともいえるが。



「それで、奈桜ちゃん。

彼氏としての樺月君はどうだった?」


「最悪です」

「言いすぎだろ!」

「じゃあ・・・最低・・・」

「言い換えた意味ッ!」


 こちらのやり取りに、

先輩は下唇に拳を軽く当て、クスッと笑った。


「思ってたより仲良いんだね」


「「どこがですか」」



 生まれて初めて彼女と意見があってしまった。



「それはそうと奈桜ちゃん。ここに来た例の約束の件だけど・・・」



『約束?海に来た理由が他にあったのか?』


考察をする間もなく、

化粧室の入り口の暖簾のれんを分けて

女性が一人、入ってきた。


「しょうかいするよ。

マリンサークル部二年。七瀬瑠璃音ちゃん」



 七瀬瑠璃音、彼女と会うのは本日二度目。


彼女はこちらには目もくれず、旭川の方だけを一点に見つめ恥じらいながら小さく軽く頭を下げた。


 三時間ほど前にあったばかりだというのに、

まるで別人に会ったよう可憐さ。


 アッと息をのんだまま吐くことも出来ず、

何も言葉にできない。



「私も彼女との面識は初めてなんだけど、

マリンサークルじゃ、その手の事には知識が豊富みたい。奈桜ちゃんにもなにか得られるモノがあるといいんだけど」


。七瀬瑠璃音っていいます。

私でよかったらぁ、なんでも聞いてねぇ」



そういって彼女は、

旭川に変わらず天使のような笑顔を送った。


 それに対して旭川は、

仏頂面のまま七瀬に頭を下げる。



 二人のやりとりに、

考えるより先に口が動いてしまった。



「え、旭川。瑠璃音ちゃんと何か関係あるの?」


「はいはい。男子は禁制だよ。

樺月君は後で出直し的てきてね」


視線を交わす二人の間に割って入るのは

彩愛先輩に防がれてしまった。


 結局そのまま二人の関係を聞けずじまいのまま、

建物の外に放りだされてしまい、

居場所がなくなった為、

ふらふらと海辺を彷徨うことしかできなかった。





◆◆◆




「じゃああとは二人でごゆっくり」


 空いた食器を纏めて彩愛は席を立った。


 「おかまいなくぅ」と瑠璃音は、

笑顔を絶やささず彩愛を見送る。


だが彼女が厨房の暖簾をくぐった瞬間、

その笑顔の眩しさはぴたりと止んだ。


「では、お話始めましょうか?・・・旭川さん」



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