第47話 波打ち際は黒 ②


 スッとイルカを抱き上げ、いつになく無表情の旭川。

相変わらず読めない表情の彼女は今日は一段と怖い。



『いかん、ここで心折れたら。気をしっかり持つんだ』


 女の子に無視されたショックに、

胸を抑えながらも平然を装う。



 「あー。さっきからずっと呼んでたんだけど?聞こえなかった?」


 「さあ。それで何か用かしら?」



 言葉の節々に棘を感じる。

それでも笑顔を作り自然に振る舞うことにつとめた。



 「何か用って・・・荷物番だよ、

ほら、1時間交代だったろ?」


「・・・」


「しかもそのイルカ、

一回海の家来てるだろ?

なんで声をかけないで遊びに出るんだよ」


 


別に荷物番が苦痛だったわけではない。


 色々大変ではあったが・・・


 交代だとわかっているのに

断りもなく約束を破り、悪びれる様子もない。


そんな旭川に少しカッとなり、

問い詰めたい気持ちもあったが

彼女にも事情があったのかもしれないと自分を落ち着かせ、冷静を取り戻す。


  まずは話をするべきだ。


 「大変だったんだぞ、色々整理つかなくて

スッキリしないし、旭川にも話しておきたかったのに」


 「スッキリはしたんじゃないの?」


 「え?」


 呆れたようなため息交じりの返答。


 なぜそんな冷たい対応をされているのか分からない。

それと同じくらい言われた言葉の意味も分からなかった。


 

 それ以上旭川も何か言うこともなく、

沖の方に再び背を向けて歩いていってしまう。



 「ちょっと待ってくれ!ちゃんと説明してくれないと分からない。」


 「・・・私に・・・樺月君たちが、していた事を説明しろってこと?」


  イルカが再び止まった。

に晒されているせいか耳があかみを帯びている。


 「べ、別に樺月君がどこで何をしていても構わない。

だけど、今は貴方の覚悟が薄く透けて見えるようだわ」



 「ますます意味が分からないぞ。

・・・時間は守らない、連絡もしてこない。

飯だからって探して呼びに来たら、御礼もお詫びもないし!

・・・謝ってくれてもいいんじゃないのか?」



 これ以上沖に行かれたら追いかけれない。

そんな焦りと、海に来て溜まった不安や不満をつい爆発させてしまった。


 だが口から出た言葉に嘘はない。本音だ。



 「確かに。蒼汰君や、彩愛さんを待たせているかもしれないし。

ちゃんと謝りに行くわ」



 旭川は再度振り向くと、ゆっくりとこちらに向かい。

そのまま横切って岸に上がっていく。



「ちょいちょい!お詫びの対象に俺が含まれていないのはなぜだ」


「樺月君には何も詫びることがないからよ」


「なんでだよッ」


 思わずツッコミ。


 明らかに様子がおかしい、車内ではいつも通りに接してくれていたし、

海に来たときは荷物を持とうとしてくれたりしてくれた。


だが今は目を合わせようともしてくれない。



「なんか怒ってないか?」


「・・・怒ってない」



 そう言いながら砂浜に上がり、ふくらはぎを払う。

波打ち際で付いたであろう砂を落としながら彼女は横顔で答えた。



『絶対怒ってる人の反応じゃん!!』



 彼女が怒る原因が、自分にあったかどうか、今日の事を振り替えってみる。



 『朝海に着いて午後までの出来事・・・』


 一日のほとんどは荷物番だ。


『旭川を怒らせるような事・・・』


 荷物番の内容を事細かく振り返ると、

七瀬瑠璃音のある言葉を思いだした。


しちゃうのもぉ

誠意を見せるのもぉ。

心を許してる特別な人だってコト・・・】



「なるほど!!そういうことか!」


 合点がいった。

自分でもいうのも何だが、ここ最近は旭川と良好な関係を保っている。

毎週会っては話しているし、スマホショップや、遊園地にも行った。


 彼女は友として、自分に心を許しているに違いない。


 今日のこの慣れない場所で心的ストレスを抱え、

自分に不満をぶつけてしまっているのだろう。



『ここは男として寛大かんだいに受け止めねば』



「俺をもっと頼れってくれてもいいんだぞ、旭川。

愚痴なら聞くし、素直に話してくれたら

意外と胸が楽になるもんだぜ」


ちょっと声に色を付けて、イケボっぽく言った。

女の子を、元気付ける立場になったのは初めてだったが為に、

すこし嬉しくなってしまった。



「す・・・なお?」


 先程まで横顔で話を聞いていた彼女は、ようやくこちらを見てくれた。

だが少し様子がおかしい。

先程までの無表情とは、うってかわって苦虫を噛み潰し、

それを我慢するような苦悶の表情を浮かべている。



『素直になりたいけど、

怒ってしまった自責の念が邪魔で素直になれないのか』


 

 もう一押しで、彼女の不満を聞き取り除いてあげよう。



 「そうだ。素直だ。

怒ったっていいんだ。

でも一人で抱え込むのはよくない。

話してくれ、何に怒ってるんだ?」


 立てこもる犯人を諭す刑事のように、

はたまた、父性溢れる父君のように、優しくゆっくり話した。


だが帰ってきたのは刃、物のような鋭く弾丸のような言葉だった。



「呆れた。私はね、樺月君の成長を期待した、自分に怒っているのよ」



『やっぱり怒ってるんじゃないかぁ!

くんって、はっはっは男の子に腹を立てていたのかな?

きみを怒らせるなんてよっぽどのことしt・・・』



 父性が青ざめる。


「俺ッ!?」


 いや正確にはと言っていた。

しかしそれは、自分に原因があると言われたようなものである。



 「他に誰がいるのよ」


 「いや、俺旭川に何もしてないだろ」


 「そうね、なにもされてないわね」


 

ムスッとした顔のまま。


 普段感情を表に出さない分、

少しでも顔色が変わるとかえって分かりやすい。 



 海に来てからというもの、

元カノの言動、旭川の謎行動と、

理解不能なことが出来事が立て続けに起こっている。


 さらには彼女を呼ぶために

入りたくなかった海へ、脚を入れたにも関わらず

怒られる始末に寛大な父性とやらは

あっという間に限界が来た。



「どうして俺は自分のことなんでも話すのに、

旭川は、何にも話してくれずにダンマリなんだよ」


 「話す必要がないからよ。

わたしのことなんかより自分のこれからのこと、

もっと考えたほうがいいんじゃないかしら」


「なんだよその言い方、こっちは理由が知りたいから聞いてるだけだろ。

悪いとこあるなら直すよ」


 「直す?それは無理じゃない?。

他人に直してと言って変われるものじゃないし、

私は別に直してほしいなんて思ってないから」



「思ってないって・・・

直して欲しいと思ってないなら、

ちょっとくらい受け止めてれてもいいだろ!

この先毎回理由も教えてもらえずに、

いちいちキレられたらやってられん!」



「そう。わかった受け止める。・・・もういいかしら」



 旭川は氷のような冷たい目を滑らせると

そのまま回答を待たずに去って行く。


 後ろに留めた長い髪がいつになく揺れていた。




そしてその日、

初めて彼女と仲違なかたがいしたことに気付いた。

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