第46話 波打ち際は黒 ①

「そんじゃあ後は頼んだ」


「おう!もう火起こしも始めるからはやく呼んできてくれよ」


時刻は正午を過ぎ、荷物番から2時間も過ぎていた。


三島蒼太が荷物番の交代に来た時は


「遅刻メガネ」「海中キノコ」と遅れてきたことを

揶揄したが


蒼太は時刻通りに来たと主張した。


 本来であれば

一時間荷物番をした旭川奈桜と交代する手筈だったと言う。



「何処へ行ったんだか」



 日差しの元へ赴き

照りつける強い白に目が痛い


 日除けがてら水兵のように額に手のひらを差して

海一面を見渡してみると、動く人の波で溢れ、砂浜も海も満席御礼。


 これだけの大人数、人一人探すのは容易ではない。

がむしゃらに歩いても見つからないだろう。


 だが手がかりはある。


 旭川が海の家に来た痕跡があったのだ。


 海の家に入ってすぐの場所にあった

イルカのビニールフロートが無くなっていた。


 マリンサークルの人間が持っていったとは考えにくい。


 最初は誰かに盗まれた線も考えたが、

もしそうなら、海家に販売してある、もっと大きくて立派なしゃちや、

サメのビニールを持っていくだろう。


 となれば、所有者である旭川が、持ち出した可能性が高い。


さらに、蒼汰が彩愛先輩と連絡を取った所、

彼女は荷物番の交代で、こちらに向かったとの話も得られた。



 「遊びたいのは分かるが着いたなら一旦声をかけてくれよ、

おかげで二時間も荷物番したぞ・・・」



 さらにはこの暑さ。

イルカも持って海水浴に興じているに違いない。


 となれば、砂浜より海辺を探すのが効率的だろう。



 「腹も減ったし、早く呼んで肉喰おう」



 蜃気楼のように揺れる人混みの中を歩くことにした。



 『なんで瑠璃音ちゃんはあんなことしてきたんだ・・・』



 砂の感触を裸足の裏で感じながら、

数分前の元カノとのやりとりを思い出す。


実行こそ、されてはいないが彼女には口づけを迫られた。

それも半ば強引に。


 彼女とは別れている。夢であって欲しいが悲しくも真実だ。


豪快にフラれ、

その後に再会したこともあったが、

思い出すだけで胃が痛くなるような言われもあった。


「目的が分からん・・・誠意ってなんだ。

嫌われてるんじゃないのか俺は・・・」


 彼女にのしかかられた際、

❝八つ当たりをしてしまった❞と言っていた。


「それに特別な人ってどういう意味だ・・・」



 言われた事を、一つ一つ紐解くように考えてみても、

ぐしゃぐしゃになった毛糸玉のような絡まった思考では、

何ひとつ彼女の言葉を理解出来そうにはない。



 「他になんかあったかな・・・」



 言葉以外に手がかりがなかったか、

改めて記憶を呼び覚ます。



 甘い花のような香り、熟れた唇、

とろけた瞳、のしかかった柔らかい肉圧。

生きてこの方彼女をあれほどの至近距離で感じたことは無い。


 加えてあのビキニの爆発力。


あれは反則だ。


 標準的な純白のビキニのはずなのに、彼女が着ていると、

どうにも布の面積が小さく感じていしまう。特に胸が


 「ぬッ」


 

 思わず少し前かがみ。


 記憶を呼び覚ますつもりが、

相棒を呼び起こしかけてしまった。



 「い、いかんいかん」


 ひざ下まで伸びた、ハーフパンツのポケットに手を突っ込み、

手の平を広げて誤魔化した。



『瑠璃音ちゃんに関しては後で考えよう、今は旭川を見つけるのが先だ』



 軽く首を振って煩悩を払うと、

海辺を沿って歩くことにした。






「案外、すぐ見つかるもんだな」



 数分歩いてたどり着いた、

大きな岩陰や、小さな岩礁が、盛り上がった静かな海。


浅瀬の中に旭川は居た。


長い黒髪を後ろで束ね、お団子ヘアにしている。


 初めて見た髪型。

いつにも増して顔が小さく見えよく似合っている。


 さらに普段の凛とした姿はなく、

イルカにまたがろうとしたり、躊躇ためらったりしていた為、


 その不思議な行動も相まって、

見つけてから本人だ、と確信出来るまで、

不審者のように近くの浜辺を、ウロチョロしてしまった。



 『一体、何をしてるんだ・・・

泳ごうとしている感じではないけど』


 ハーフパンツの裾が水面から見えている。

足が届く程度の浅瀬なのだろう。



 サマービーチと呼ぶには少し物寂しく、

先ほどまでの賑わいが遠くの事のように感じる。


 辺りに人は、ほとんどおらず、遠くでヨットが見えるくらいだ。


だがその閑散かんさんとした場所にいてくれたおかげで

すぐ見つかったのは助かった。



「おーい!旭川!」


 

 両手を口の横に当て、拡声器代わりに彼女を呼んでみる。


だが、こちらに背を向けたまま反応が無い。



 『聞こえる声量だと思うのだが・・・

波の音で聞こえていないのか』



 少しだけ沖に近づき、もう一声。


 反応がない。ただの屍のようだ。

とまでは言わないが、どうにも様子がおかしい。



 『聞こえているはず・・・』



 底の見えない水の中に入るのは出来るだけ避けたい。

だが、こうしていてもらちがあかない。


 生唾を飲み込み、

意を決して膝まで海水に浸かり接近を試みた。



「うぅぅう」



 ひんやりとした海流が足全体舐める。

 

 冷たくて気持ちいがいいのが半分、

引き潮に、足を飲まれる感覚が気持ち悪いのが半分。


 この浅瀬に自分が溺れることはない。


それでも、足元がよく見えない水の中に、

足を入れるのは、なんとも恐ろしい。


 喉元に心臓が浮き上がり、息苦しくなるようだ。



 旭川のシャツが、少し濡れているのが分かる程の距離まで来た。

濡れたシャツに黒い紐が透けている。


 『中に水着来てるのか、やっぱ旭川は黒だよな・・・うん

いや、そんなことより』



 この距離なら、波の音にも負けないだろう。



 「おい旭川っ!」


 「なに?」


 ようやく返事をした。

 

 振り向いた彼女はこちらに目を合わせることは無く、

驚くでも、慌てるでもなく平然とした表情。



『反応でわかるぞ!これは聞こえてたのに無視した人間の反応だ!』



 あまりの衝撃に後ずさり。


『え、俺、無視されたの?生まれて初めて女の子に無視された・・・

しかも仲良くなってきたと思ってた女の子に・・・』


 

無視されていたショックを表現するかのように

岩礁に小打ちつけられた小波が、ザッパーンと音を立て、

白い飛沫が彼女の背後を跳ねた。

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