第45話 砂と嘘 ②


 歩きながら辺りを見渡すと周りには仲睦まじく歩く男女の姿がいくつもあった。


 ❝彼氏がいる❞と自分の口から出た嘘が自分の胃の中でふわっとした異物が転がるような妙な気分。


 生まれてこの方、自分の口から冗談でもそんな事を言ったことは無い。

勢いで言ってしまったが発言した自分が一番驚いた。


 先程まで一人で歩いていることに何の違和感もなかったが、

おかしな発言のせいで周囲の様子も確かめてしまう。


 殆どが家族連れか男女のカップル。

明るく楽し気な声は響いては波にかき消されを繰り返している。



 「樺月君もこんな風に女性と過ごしたかったのかな」



 彼と毎週、面と向かって話し合い、遊園地も二人で行ったが

彼の口から「彼女が欲しい」とは一言も聞いていない。


 まだ、心が癒えていないのだ。


 そんな傷心中の彼を、場を切り抜ける為に、

その場限りとはいえ、

❝彼氏❞と呼んだ自分に少しだけ後ろめたさが残っていた。



「嬢ちゃん嬢ちゃん!」



 再び足が止まり声のする方に顔を向けると、

砂浜の上に小さな屋台を構えた中年男性が一人、

ニカッとこちらに笑顔を向けていた。


 また呼び止められたらしい。



「私・・・ですか?」



 男性の上には「かき氷」と、でかでかと書かれた文字の垂れ幕がおろされ、

両手を置いている長机の上には色とりどりのシロップが並べられていた。



 「嬢ちゃん随分暑そうだね。どうだい?かき氷。元気出るよ?」



 【かき氷600円】


金額表を札に目を移すとさらに男性は続けた。



 「嬢ちゃんべっびんだから一杯500円でいいよ。

しかも大盛の大サービスにしちゃうよ!?」



 気前よく、はつらつと口上を述べると

カップを取り出しシロップをドドンと前に並べてきた。



 「いちご、レモンにメロンとブルーハワイ!

嬢ちゃんはいちごって感じだなぁ」


「いちご?・・・」



「シンプルイズベストってな!

なにをどうするか迷ったときはシンプルなのが一番!

ウチじゃ、いちごがシンプルよ。

嬢ちゃんみたいな気難しい顔してる人間は

大抵いちご味が解決してくれる」


「なる・・・ほど・・・」



 意味がよく分からないが

堂々とはっきり言われると不思議な説得力がある。


 「考え事も、暑さも、

いちご一つでまるっと解決ってなぁ」


 「じゃあ・・・いちご味を二つください」



 安堵混じりのため息を深呼吸で誤魔化し、

気前のいいセールストークに乗ることにした。


 二つで1000円だとお釣りのやり取りもなくて丁度よい。

その考えてしまうくらい暑さに限界が来ていた。


 二つ買ったのは一つを海の家で待っている彼にあげる為だ。

海にはココアは売っていない。今回はかき氷で我慢してもらおう。



 「あいよ!かき氷超大盛イチゴシロップ大量だ!」



 お札をトレーの上の文鎮ぶんちんに挟み

両手でカップを受け取る。


 空の入道雲にも負けない程高く積まれた白くきめ細かい薄氷。

それを透ける紅が静かに溢れ崩す。


 少しでも傾けると今にも崩れ落ちそうだ。



 「彼氏さんにもよろしくなぁ!!」



 「いッ!?」


 彼氏の分もだんて一言も言っていないが

顔に出ていただろうか。


『いやそもそも彼氏でも何でもないし』


なんだか少し浮かれた自分を見透かされていたみたいで

少し恥ずかしい。



 軽く一礼し、そそくさと離れた。


 彩愛先輩に案を出されたとはいえ、

彼女になってくれと本人に頼まれたワケでもないのに

彼女面して彼と話すだんて烏滸おこがましいだと分かっている。


 しかし彼に優しく接するの嫌ではない。

むしろそれで恩返しが出来るならと前向きに考えられる。



「一日くらい一緒にいてあげようかな」



 ふわふわのかき氷をつまみ食いたい気持ちをぐっと堪え、

彼と一緒に食べること選択した足は、

以前より強く砂を蹴り、あっという間に海の家の前に着いた。


 刺激的に強かった日向の場所から、

日陰の暗がりに入ったことで、

目が慣れておらず視界が霞んだ。



「樺月君ごめんなさい、すこし遅れて・・・―――」

「―――瑠璃音ちゃん」

「だーめ、動かないで」


 かき氷を彼にいち早く見せようと腕を突き出し、

声を掛けながら中に入ろうとした。



だがその勢いは、

聞き覚えのある声と光景に足が動かなくなった。



 目が暗がりにまだ慣れていないのと、

畳の席に並べられた長テーブルが邪魔ではっきりと全体は確認出来なかったが、

 中には動く物陰が一つ。


 樺月君と女性が1人。


 大きめのパーカーを羽織り、

その裾からすらっとした素足を太股の上まで晒した女性が、

彼にまたがり二人は重なり合っていた。


 彼の表情は、女性の垂れた髪と細い腕に覆われ、

確認することができない。



 しかし確認せずとも理解できる。


 二人は知り合いや友人という距離ではない。


 恋仲。それも行為に及ぶ程の距離。


 足が動かなくなった理由はそれだけでない。


 ❝瑠璃音❞


 彼は確かにそう言った。


 それは彼が前から話していたの名前だ。


 どうして元カノと重なり合う状況になるのか理解が全く追い付かないが、

追い打ちをかけるように情報が次から次へと流れてくる。



『あの髪色・・・』



 ミルキーブロンドの垂れた髪色。見覚えがある。

それに、四つん這いになっていても分かる、

ふわりとした膨らみのある髪型。


自分は一度、あの女性に会っている。


 それは彼の知り合いだと言われ、

キーホルダーを返すようにと手渡してきた女性。


 名前も聞けていなかった為、

どこの誰だか認識できていなかった。


だが、いまこの瞬間すべてを理解出来た。



 恋愛最強と謳われた女性は、

彼の元カノであること。


 目の前で、彼とその元カノが馬鍬まぐわっていること。


 その元カノと自分は一度面識があったこと。





そして




 自分はいまこの場にいるべきではないこと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る