第43話 カモメと堤防

 「だいぶ買い込みましたね、こんなに食べますか?」


 「男の子二人もいるし食べるでしょ?

余ったらマリンサークルの子達にあげればいいし」


 「・・・相変わらず適当ですね、先輩は」


 「お褒めに預かり光栄です」



 旭川奈桜は揺れる車内の助手席から後部座席を振り返った。


 食材でパンパンになった大きなレジ袋達が四つ。中身は大半が肉である。


 奈桜なお彩愛あやめはスーパーで買いものを済ませ

再び海岸に向かって車を走らせている最中であった。



 「そういえば先輩なんて久しぶりに言われた気がする。

奈桜ちゃーん、後輩ムーブなんてらしくないねぇ」



  後ろを見つめる奈桜の後頭部に飄々ひょうひょうとした声が当たる。


 「ちゃん付けはやめてください。

これでも人前では先輩呼びで、彩愛さんを立ててますよ」


 「えぇ!もう付けじゃん!先輩落ち込んじゃうなぁ」



 ハンドルを握る彩愛は明るい口調で茶化ちゃかすが

奈桜は姿勢を戻し、遠くの漁港を黙って眺めるだけであった。



 「正直、すごく怒ってるかと思った」


 「何にですか?」


 「サークルのみんなに樺月君と奈桜が付き合ってるって嘘ついたこと」


 「あぁ、それですか。

・・・そもそも、怒らせると思うなら

そんな嘘、言う必要なかったんじゃないですか?」


 

 迫っては過ぎていく電信柱達を退屈そうに見送りながら

奈桜は答えた。


 「まあ、それはそうなんだけどさ、

ちょっとした罪滅ぼし的なヤツかな」



 先程までの明るいトーンはなく、独り言をつぶやくような彩愛に

奈桜は小さくため息をついた。



「また、そうやって意味深に意味のわからないことを言って

話をはぐらかす・・・」


「バレたー?」


 

 信号から信号への距離を沈黙が過ぎていき

再び彩愛が口を開いた。



 「もう一個怒ってるかなって思う事あって」


 「まだあるんですか?」



 真面目な表情は崩さずも気だるそうに相槌を打つ。



 「奈桜って人付き合い苦手でしょ?

今日だって人が沢山いるようなところに連れ出すの

なかば強引だったかなって。

迎えに行くまで乗り気じゃないと思ったし」


 「確かに人は沢山いますけどその分土地が広いですから・・・

私、人を避けるのが下手なんですよ。ぶつかりそうになってしまって。

それと、迎えに行くまでって今は乗り気みたいな言い方ですね」


 「乗り気でしょ?」


 「別に。普通です」


 「うーそ、じゃなきゃ空気で膨らましたイルカ担いで

子供みたいに外でスタンバイしてないでしょ」


 「・・・」

 

 奈桜を一番初めに迎えに行った早朝、

彼女は麦わら帽子にTシャツ、ひざ下程のパンツで夏らしい服装こそしていたが

膨らんだ浮き輪を体に通し、

身の丈と同じくらいのイルカを抱えて待っていたのだった。


 彩愛はそれを車から見かけた時、腹を抱えてむせる程大笑いした。

危うく電柱に事故にぶつかり事故になりかける程に。


 流石に空気を入れたままの浮き輪とイルカをトランクには積めないため

空気を抜くように指示したのだが


 目に見えて奈桜の目の輝きがせた為、

同情し見かねた彩愛はイルカの命の息吹まで絶つことはせず、

彼を同乗させたのだった。



 「海に入る準備をしておいてと言われたのでその指示に従っただけです」


 「私はどこでもドアも四次元ポケットも持ってないんだから

普通空気まで入れたりしないでしょ、子供じゃないんだから」



 奈桜は黙ったままエアコンの冷風を自分の顔に向けた。



 「なにはともあれ、あの嘘の一件で怒ってないならいっかな」


 「・・・別に怒る事でもないですから。

樺月君も付き合ってるって言われて真に受けるような人じゃないし

私に特にデメリットになる事でもありませんから」


 「ふうーん、デメリットねぇ」



 意味ありげに流された奈桜は口をほんの少しだけへの字にした。


 同時にグッと前かがみになり、

車から出ているエアコンの風の向きを全て自分に向け、

彩愛から冷風を取り上げる。



 「ちょっと、地味に暑いよ奈桜ちゃん。

先輩は立てるんじゃなかったのー?

風返してよー、これでもペーパードライバーなんだよ」


 「私の心を見透かしたような時、いつもそういう反応しますよね。

何か言いたいことがあるなら話してください」


 「この地味にキツイ拷問やめてくれたら話せるかも?」


 「尋問です、人聞きの悪い事は言わないでください」


 「すーぐ屁理屈で返すんだから」


 

 わざとらしく頭を押さえる彩愛は笑みを隠すことなく続けた。



 「揚げ足なんて取ってるから

浮足だって遊園地で足ケガするんだよ」



 それに対して奈桜は無言でエアコンの風向と温度を切り替える。


 風向を全て彩愛に向け、熱風に切り替える。出力はMAXだ。



 「むっふぁ!あっつ!!

ゴメンゴメン!言う言う!

随分と今日はムキになるじゃん!」



 彩愛は熱風の暴風口を片手で押さえ、目を細くして笑う。



 「だいたい、あれは彩愛さんが選んだ服装じゃないですか!」


 「そうだけど!遊園地に行くだなんて聞いてなかったし」


 「・・・あ、確かに」


 「そうでしょ?」



 嵐が去ったようにエアコンは冷風に戻り風音も静かになった。


 樺月との遊園地に行くにあたって、

服装の相談相手として話に乗ったのが彩愛だったのである。



 「話戻るけど、狙いなんてないよ。

ただちょっと奈桜が楽しんでくれたらなって思ってさ。

樺月君と毎週土曜日会ってるって聞いてから表情明るくなった気がするし、

彼がどんな男なのか少し興味が沸いたから奈桜と彼を誘ってみたってのが本心」


 「表情が明るく?・・・」


 「そ、前は死んだ魚みたいな目をしてた。

それで❝男を知りたい❞なんて言われた日には

気が気じゃなかったんだから」


「はぁ」


 彩愛は白に薄い赤を帯びた頬を両手の平で持ち上げる。


 サイドミラーで自身の顔を見つめてみたが、

いつもと変わらない表情の自分しか映らない。


 ムニムニと小さく顔をこねくり回してみても

特に変化は感じられなかった。



 「今日は彼に恩返しするいい機会なんじゃない?」


 「恩返し、ですか?」



 言葉にピンと来ていない奈桜。



「だって彼の恋愛談参考にさせてもらってるんでしょ?」


「はい、でもそれはココア契約によって対価を支払っています」



 奈桜は彩愛に樺月との関係をある程度話していた。


 話、と言っても樺月と毎週会っている話を少しした際、

彩愛がその話題に一方的に食いつき、

煙たがる奈桜に何度も問いただし、

奈桜が心折れて自供したという表現が正しい。


 彼の失恋談や彼に吐いた秘密はしっかり厳守している。



 「毎週のように時間使わせて、

彼氏でもないのに遊園地にまで行かせて、

挙句の果てに足のケガまで見て貰って。

そのお返しが週一回のココア、と」


「そ、それは彼が望んだ対価ですから・・・」


「それは毎週会うことに対しての対価でしょ?」


「まぁ・・・」


 元々お金を払って彼の失恋体験を買う

というのが原案だったが、


樺月の「お金は受け取れない」という申し出と

「ココア一杯」といった安価な対価に

奈桜自身も罪悪感を感じていた為それ以上なにも言えなかった。



「どうすれば、彼にお返しが出来るでしょうか?・・・」


「素直でよろしい。なあに簡単だよ!」



曇った表情の奈桜に、

彩愛は雲に差す光芒こうぼうのような明るい表情で答えた。



「今日一日、樺月君大好き彼女として彼をサポートする!!」

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