第40話 羊と海豚

 「それで荷物番の話なんだけど、それぞれのサークルで一名ずつ選出して

順番に交代していくっていうのはどうかな?」



 柴先輩が大人数の前で話す。


 マリンサークルは全員で19名、こっちは4名、

倍以上いる人数相手にも臆することなく彼女は普段通りの少し気怠げな口調で説明している。



 「人を纏めるなんて柄じゃないなんてよく言うよ」


 「あの人昔からせっかちだから、みんなでもじもじして話進まないのが嫌なんだと思う。

だからさっさと決めちゃおうって矢面やおもてに立つこと多いわ」



 独り言で呟いたつもりだったが、

背後にいた旭川に聞こえていたらしく、

後ろから耳打ちするように教えてくれた。



 「なるほどね。

それで卒業してった先輩達がリーダーにするわけだ」


 「・・・それで?いいの?」


 「何が?」


 「私達付き合ってるってみんなに誤解されてるわけだけど」


 「あぁ・・・」



 先輩の秘策によるハプニングを受けたが

自分以外の全員が特に動揺することなく次の話に進んだ為、

もう一人の被害者である旭川に事態の認否を問うのを忘れていた。



 「やっぱ誤解を招くのは嫌だよな。

旭川も俺みたいなんかと付き合ってるなんて思われたくな―――」

「私は別にいい」



 彼女はかぶせ気味に言った。


 「え?」


 ほんの少しだけ胸が熱くなった。



『旭川は俺と付き合ってると周りに勘違いされてもいいって思う程度には

俺との距離感許してるってこと!?』


 「今日は海見たかったし、

男女間の交流とか参考にしたくて来ただけだから

他はなんでもいい」



 凛としたいつもと変わらない無表情で

柴先輩を見つめる旭川。



「ですよねぇー」



 浮きかけた心、撃沈。



 『そうだよな、旭川にとっては小説のこと以外は

興味関心の対象にならないよな』



彼女の言う❝別にいい❞は

付き合ってるって設定でも❝良いよ❞

という意味ではないのだろう。


 ❝どうでもよい❞という意味で解釈するのが正解だと改めて理解した。


 砂に飲み込まれた素足を見下ろす。


 『そりゃそうだよな、

毎週会ったって恋愛談とか男の恋愛観みたいな話しかしてない。

遊園地に行ったってあくまで仕事上の付き合いで行っただけだし』

 

足も熱砂に慣れ、足裏の土踏まずに体重が掛かる感覚が少しだけ心地いい。



「樺月君、聞いてる?いけそう?」


「うぇ!?」


 

 急に話を振られ思わず顔と情けない声が出た。


 大人数からの視線を一斉に向けられていたことに

この瞬間でようやく気付いた。



「蒼汰君はダイビングスーツ借りに行って、そのまま船出してくださる方に挨拶に行っちゃったんだよね。

私と旭川はバーベキューの追加の買い出しに行きたくてさ、

飲み物買ってないし、レンタカー、私しか運転出来ないし」


「まマジすか」


「といっても拒否権無いんだけどね。奈桜は鍵もって車の所にもう行っちゃったし」


 ワッと振り向くと一人数メートル先の波打ち際を歩く旭川の背中が見える。


 どうやら話の流れも負えないほどにほうけていたらしい。



「呼び戻してもいいけど、

海の家に留守番させてる間にナンパされちゃうかもよ?」


 フクロウのように首をかしげて見せる先輩。


 その目は猛禽類もうきんるいのようで心臓を鷲掴みにし

されているみたいだ。



 「荷物番しますよ。

留守番って楽してるみたいでなんか申し訳ないですけど」


『彼氏としてなんて大衆の面前で言われたら、

断れるわけないの先輩解っていってるだろっ』



目元にギュッと力を入れ自分なりに眼光を鋭くさせてはみたが

 先輩は眉を少し高くして口元を緩めるだけだった。


 手の平の上で転がされているという気持ちは拭えないが

見知らぬ集団の中に飛び込むわけではない。


 マリンサークルの人間一人相手に話すくらいなら難しくはないだろう、

と腹をくくった。



「じゃあ、マリンサークルからは―――」

「はぁーい」



先輩の呼びかけと同時に志願の声が上り、ゆっくりと手が挙がった。


 一同の注目を独り占めにする甘い声。


 声の主は筋肉達の後ろに居たため確認出来なかった。


 だが、その声ですぐに誰だか理解できた。


 細く白い手が筋肉達の間をふわりと縫って歩み出る。



 「えーっと、名前は確か・・・」


 「マリンサークル2年、七瀬瑠璃音ですぅ

私の名前覚えてくださぁいね、せんぱぁーい!」



 面前にぴょこんと小さく躍り出ては、

大きく揺れるビキニ姿を惜しげなく披露する彼女。


そして、あどけない表情と柔らかそうな自身の下唇を咥えて

恥ずかしそうに向日葵ひまわりのような眩しい笑顔を向けてきた。



 「瑠璃音ちゃん!?」



 想定外。


 彼女とサークルで鉢合わせたことも驚きではあったが、

関わりになることなどないと思っていた。


ましてや彼女の方から関わってくることなど絶対にないと思っていた。


 その為、悲鳴のような声で彼女を呼んでいしまい、

慌てて口を手で塞いだ。


 思わぬ接近アプローチに体が一歩後ずさってしまう。


 先程とは打って変わって脚が沈みゆく砂の感覚が妙に気持ち悪い。


 ゆっくりとどこまでも深みに沈んでいくようだ。



『えっと俺は瑠璃音ちゃんに嫌われてて、

関わる事は迷惑だってわかってて

距離を取るべきで・・・

何で当の本人は俺と一緒に荷物番するのに名乗り出て

こっちに笑顔を向けられてるんだ・・・』


 空の暑さのせいか、地面の熱砂のせいか、

はたまたさっきから脳がショートしっぱなしのせいか頭が痛くなってきた。



 「ねぇ暑いから早く中入ろぉよぉ。

でもよかったぁ、楽しくなりそぉ。

かーくんと一緒に荷物番するのぉ」



 状況がさっぱり理解出来ていないまま腕を両手で引っ張り上げられ、

なかば強引に連れ出される。


 異を唱える者もいなかった為、

そのまま日陰の中へと連れ込まれた。


 

 遠くで小さく光る長い黒髪を見つめながら―――

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