第39話 結索の秘策



 柴先輩が借りたレンタカーで

先輩と自分、旭川、そして共有の友達として蒼汰を召喚し

4人で海に来た。


 元々は先輩一人で行く予定だったらしいが、

「海からヘトヘトで帰る車の運転は絶対居眠りする」

とのことで旭川をそそのかし、誘ったらしい。


 そこから芋づる式で自分と蒼汰がメンバーに加わったというのが今回の流れだ。


 正直な所、道中途中まであまり気が進まなかった。


 柴先輩とは数回の面識があっただけでまだ慣れていなかったし、

知らない集団に挨拶するのもちょっとだけ気が引けたからだ。

 

 ただ、道中は蒼汰の存在もあってか、

道中車内の雰囲気は思っていた以上によかった為、

後半はそのうれいもいつの間にか何処どこかに飛んで行っていた。



 ムードメーカーというはこういうことを言うのかもしれないと

蒼汰には感心と同時に感謝した。


 今日はきっといい一日になる。


 後ろのトランクから顔を突き出している膨らんだイルカのビニールフロートを振り返りながら思っていた。


 ❝彼女元カノに出会うことも知らずに呑気に❞


 満車続きの駐車場を転々としながらようやく到着。


 サンダルの上に乗ってくる砂が指の隙間に入るちょっとした不快感を覚えながら

トランクの荷物を整理し始めると、蒼汰と柴先輩が話し始める。



 「海関係のスポーツ種目ってウチの大学のサークルにありましたっけ?」


 「いや、ないんじゃないかな」


 「じゃあ今回はどっかのサークルの

強化合宿か何かに合同で参加する感じなんですか?」


「合宿だなんてそんな堅苦しいものじゃないよ。

ウチのサークル、いろんな所にしがあるからね、

今日はそのうち謝礼の一つみたいなものさっ」


 先輩は潮風になびく髪を片手で押さえながらサングラスを掛けなおした。

黒髪に焼けた肌に大きめのサングラスが良く似合っている。


 そして最後に

「安心して、荷物置き場以外は別行動だからさ。

向こうのサークルもやる事あるみたいだし、

ウチらはウチらでバーベキューするだけだから」


 と付け加えてくれた。


話によると、スポーツ愛好会は総勢40人余りからなるサークルで

スポーツは好きだけど、部という枠組みや練習という縛りにとらわれたくない、

といった面々が集まっているらしい。


 たた実力者も多く所属しているらしく

サッカーや、アメフトといった大会日が近くなると

助っ人として各部、各サークルからのオファーが絶えない。

そんなサークル。


 今回は日頃から選手を貸出に感謝を込めて

海の家の特等席を一日貸し出し、と別荘の提供をしてくれるとのことだった。



 「じゃあそんな強いサークルの代表なら先輩もスポーツ得意なんですか?」


 二人の会話に割り込んで尋ねると先輩は少しだけ気だるそうに眉を掻いた。



 「いや、私はただ体を動かすことが好きなエンジョイ勢。

卒業していった先輩達が面白がって私を代表にしただけで、

みんなを纏めるとか柄じゃないんだよねぇ」


 「なるほど・・・」


 そんな他愛のない会話にも旭川は参加することもなく、

車から降りてただ黙って海を眺めていた。


 陽の光を遮断する夜のような黒髪を目に掛からないようにこめかみの所で押さえ、

なびく後ろ髪の間から真っ白な首筋が見え隠れし、それがとても眩しく見えた。


「今日は奈桜のことよろしく頼むよ?

私も向こうのサークルにしばらく顔出さなきゃいけないから」



 不意に柴先輩が耳元で囁いてきた。



「何も頼まれることありませんよ、子供じゃないんだし」


「またまたぁ、奈桜がいなかったら来なかったくせに」



 そういって上機嫌に笑うと再び顔をこちらに近づけて声を小さくした。



 「まぁ私もとっておきのを用意してきたから

樺月君が危惧するようなことは起こらないよ」



 言葉の意味が分からず聞き返そうと思ったが

蒼汰が「荷物を持ってくれ」と声をかけて来た為、それ以上は聞けなかった。




◆◆◆




 それからそれぞれ荷物を担ぎ堤防横の歩道を数分歩き始めて



 「お、あれかな、海の家って」


 「ちょっと遠かったっすね」



 立ち止まり、大量の荷物を担ぎ直して相槌を打つ蒼汰。

眼前に広がる砂浜と波打ち際の延長線にポツンと平屋の家屋が見えた。



 車から荷物を降ろす際

「こういうのは男の仕事っすから!

先輩と旭川ちゃんは自分の荷物だけ持ってください!」


 と恰好かっこうを付け、

こちらにまで荷物を負担させていた為、

彼と目が合う度に口をへの字にしてやった。


 蒼汰はクーラーボックス、バーベキューセットを持ち、

自分はパラソル、蒼汰のバックと自分のバック、それから途中スーパーで買い足した

お肉屋と野菜の入った袋をもって歩く。


 お肉と野菜は特に重たく、あまりの運びたくなさに


「クーラーボックスに入れてくれッ」

「黙れ小僧ッ」


と言い合いになった程だ。



「降ろしたいから早く行ってくれ・・・」


「おいおい!景色とか海の香りとか堪能する男の余裕はねーのかよ」


「ねーよ・・・」


キノコメガネのひょろがり男だと思っていたが

意外と筋肉があるのか、平気そうな顔と大きな声で励まされ

少し嫌な気持ちになった。


 その後ちらりと柴先輩を見るキノコ。



『あっ!こいつ先輩の前でいいところ見せようとしてやがる!』



 思春期の男からしたら女性にいいところを見せたいなんて言うのは

当然の心理だ。


 ましてや、好きな異性となればなおさらだろう。


 そんなアピールに付き合わされるのは嫌だし面倒だと一瞬考えたが、

普段から色々と付き合ってくれている。


それを鑑みれば、日ごろの礼も兼ねて協力するべきだと結論づけるのに

迷うことはなかった。


 何より天気もいい。


 白い夏空と青々と広がる海が、

今日くらいは大目に見てやってもいいだろうと、

楽観的な気持ちにさせた。



「何か持った方がいい?」



 後ろから話しかけてくる旭川の声に脚を止める。


 「大丈夫だよ」と深呼吸一緒に振り返ると

大きな浮き輪を首と肩にそれぞれ掛け、腰にも浮き輪を通し、

脇に青イルカのビニールフロートを挟んで

手には空気入れを持ったぷくぷくの重装備レディがそこにいた。



 今日の彼女の服装は白のTシャツにベージュ色のハーフパンツ。

長く白い素足を出したシンプルな服装で清楚に整っていたが、

今はその可憐さはどこにもなく、

小さな顔がビニール越しにぼやけて見えるような状態だった。


 普段なら絶対にそんな恰好はしないであろう。


 海を満喫する気満々な人のような状態にさせられ、

彼女が歩く度に「モキュ!モキュ!」とビニール同士がこすれる音が聞こえる。


さながらアニメのマスコットキャラクターのようだ。



「いや、いいよ・・・っふ」


 裏返りそうになる声を抑え、少しの負い目と笑いを堪えていると、

海の家へ先に駆け降りていた柴先輩がこちらに手を振っていた。




◆◆◆




 「荷物はここでいいよ、ありがとうね助かるよ二人とも、それと奈桜もね」


 「私は別に重くないから」


 指定された畳の上に座り込むように荷物を降ろす。

浮輪の妖精も人間の姿を取り戻した。



「あやめー!」


 荷物を下ろし一段落していると、

知らない女性が海辺の方から駆けて来た。



 「遅れてごめんねぇ駐車場見つからなくて」


柴先輩も彼女の抱擁を迎え入れながら、

後ろからぞろぞろと歩いてくる十数人の集団にも聞こえる大きめの声で話す。


 日に焼けた筋骨隆々の男達とビキニ姿の女性が数名。


皆にこにことほがらかに白い歯を見せ、

楽し気な黄色い声が弾んでくる。


 いかにも❝陽キャ❞と位置付けられそうな面々。


 思わず萎縮してしまいそうになったが

蒼汰と、旭川がいる手前、臆していると思われるのも恥ずかしく

ずいッと一歩前に出てみせた。


 しかし目を合わせる勇気まではなく、

視線は海の家に逃がしたまま。



 「紹介するよ、今回、海の家の一番いい席を一日貸し出してくれる

心優しいサークル❝マリンダイビング❞のみなさんっ」


 先輩の両手を広げる盛大なご紹介に対して

リアクションは出来ず、血の気が引いていくのを感じた。


 その覚えのある響きに悪寒が走ったからだ。


 ❝マリンダイビングサークル❞ 通称マリンサークル


 大学内でも3本の指に入る知名度を誇る

活発で人気なサークル。


 «青春するならマリンサークルへ»と自らをうたう程の陽気な人間の集団。


 自分のような日陰者には太陽を直視するような眩しい方々だ。

だが今はその眩しさに目を背けることは出来ない。


マリンダイビングサークルには【七瀬瑠璃音】が所属しているのだ。


 そしてすぐに発見した。


 正しくは刺すような鋭い視線を感じ、

その主の方を見ると

瑠璃音本人に発見され注視されていることに気付いたという具合だ。


黒光りする筋肉達の間から顔を覗かせる彼女の表情は

太陽を雲で隠すかのように薄く陰り、

いつもの大きすぎる目を細くしているように見える。



 『うわぁやっぱり、いるよね・・・

こないだの一件から全然話せてないし、最悪のタイミングだッ』



 まとまらない思考に頭をかきむしってみるが、

どういう表情で彼女と向き合ったらいいか答えは出ない。


そして、答えの出ないぐちゃぐちゃの思考に

柴先輩がとどめを刺してきた。


「えーとこっちはスポーツ愛好会の新入りの三嶌君と

体験入部の柴崎君と旭川。

ちなみに旭川は柴崎君と付き合ってるラブラブカップルだから

ちょっかい出すの禁止ね、両サークル互いに楽しくやろう」



 筋肉達の「おぉ」野太い声援と女性達の黄色い声をかけられる。


だがそんな歓喜に照れるわけもなく、

突然の謎報告に頭がショートし血の気が引いていくのを肌で感じた。



 「せん・・・ぱい?」



 彩愛先輩は言葉を付け足すように歩み寄り耳打ちを加える。



 「私のだよ。

これなら奈桜によってくるマリン部の男性も心配もないし樺月君も安心でしょ?」


ショートした思考回路は目を泳がせ、漂う瞳は旭川に向かった。


 だが旭川は理解できてない様子でこちらを見つめて首を傾げるだけ。


 そんなポケっとしている顔は少し可愛いと思ってしまったが

彼女をずっと見ているわけにもいかない。


 瑠璃音がいた方向から殺気に近い視線を感じていたからだ。



『柴先輩が言っていた俺を安心させるってこれかッ。

うわぁぁ・・・とんでもなく嫌な予感がするぞ』


 入道雲は太陽に届こうとしていた。


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