奔走の銀盃草

第34話 白イルカの杞憂

≪二度同じことを考えるな≫



 過去のあやまちちを変えることは出来ない。


しかし、過去と向き合う事で

明日の自分を少しでもより良いものに出来るのであれば、

今すぐに行動するべきだ。

 

 考えるだけ満足するのではない、

行動し、立ち向かうのだ。


 朝日桜の著作≪彼岸花≫の一節である。






 大学二年、花盛りの大型連休ゴールデンウィーク

全て読書につぎ込んだ。


 正確には、

連休前に、書店で見かけた小説「彼岸花」を買い、

一日中ゴロゴロしながら、

自堕落に時間をかけて本を読んだ。

というのが実情である。


 連休前は、去年とは違う何かが始まる気がする。

そうソワソワしていたが、

スマホは鳴ることは一度もなく、

 赤い字で書かれた数字のカレンダーは

白紙のまま、全く何も予定が入る事もなく終わってしまっていた。


 なんとも言えない虚しさこそあったが

おかげで読書は随分とはかどった。



 大学生の大型連休なんていうのは、

そんなものなのだ。


キャンパスライフを夢見た高校生時代の自分に会う事があれば言ってやりたい


「現実は非情であると」


 閑話休題、話は最初に戻るが、

その一節を読み、考えさせられた。


❝過去と向き合うこと❞


 それは誰にでも言える言葉だが、

それを読んだ瞬間、

指を差されて自分に問いかけられている気がしてならなかった。


そして自分に置き換えて考えると、

立ち向かうべき過去は一つしかなかった。



 元カノ、七瀬瑠璃音との事だ。


 瑠璃音に固執するのではなく、

決別するべきだと

今までも頭の中で理解は出来ていた。


だが何も行動に移せていなかった。


彼女とのラインは何度も消そうとしたが、

それは出来ず、連絡が来ることもない連絡先すら

消去出来ずにいた。


 結局飲み会の夜に大破したおかげで

彼女との思い出は、

木っ端微塵になったわけだが・・・

 



 だが今回は違う。

受動的ではなく、自分の意志で行動している。


よくカップルが別れた後に、

思い出の品や写真を、

捨てたり返したりするかのように

自分も心に残っている事や、思い出の遺品は、

自らの手で削除し、決別するのだ。


 そう覚悟出来るようになったのは本だけじゃない。

 旭川、本人のおかげだ。


 毎週話をする中で、彼女の目的を達成する為にと、

ココアをご馳走頂く代償に、

情報サンプルとして恋愛の身の上話をしてきたが、

このままでは役不足だと感じた。


過去の話ばかりで成長のない恋愛話しなど、

犬も食わないと。


変わらなければならないと再認識したのだった。


 

とは言え、決別とはカッコよくいったものの、

瑠璃音との付き合いはあまりに短い。


その為、

清算するべき元カノとの物に関する過去は

自分の中で一つしかなかった。



『俺はが変わらないと、自分の明日を少しでもよりよくする為に』


 「えーと・・・お客様?」


 「あっ!はい!」


 意識の外から呼びかけられ、

思わず背筋をビシッと伸ばしてしまった。


 

「お預かりしておりました商品、こちらですね。」


 「すいません、ありがとうございます」



 受付員さんからカウンター越しに、

魚のシルエットがプリントされた紙袋を受け取る。


 

 都会の喧騒を知らぬ存ぜぬと、

分厚いガラスで仕切られた向こう側を様々な魚たちが優雅に泳ぐ静かな場所。


都内でも有数の大型水族館に来ていたのだった。


 手渡された紙袋の中身を確認し、

人通りの邪魔にならないように入場口のわきに避ける。



 「取りに来たのはいいけど・・・」



こちらの落胆も意にかいさず、

入場口前の水槽の中を優雅に泳ぐ色鮮やかな魚介類。


 照明の明かりをその身に受け、

薄暗く先の見えない足元に、ぼんやりと鱗の光を灯しては気まぐれに消える。



 館内は、

都内の駅から降りてすぐという立地の良さと、

都心では珍しいイルカショーを目玉としている

水族館なだけあって、

休日にも関わらず沢山の人で賑わいを見せていた。



 紙袋の方に視線を落とすと、

中から可愛い純白のイルカのぬいぐるみが顔を覗かせ、

その愛くるしい瞳いっぱいに

こちらのひどく落ち込んだ表情をとらえていた。




「どうしよう、これ・・・」






―――さかのぼること三か月前。


 瑠璃音とのデートの最中に彼女が

「ごめんちょっとお手洗い」

と席を外している間に、

彼女へのサプライズプレゼントとして、

こっそり売店でぬいぐるみを購入したのだが


彼女が思いのほかすぐに戻ってきた為、

慌てて売店のスタッフに


「後で取りに戻るのでちょっとだけ預かっててください!!」


 と言って預けたったきり、

彼女とのデートに夢中になってしまい、

渡せぬまま、すっかり忘れてしまっていたのだった。


 今思えば店員さんも困惑し、声を大きくして

「お、お客様!?」

と走る背中に驚愕の声をかけられていた


 ちょっと恥ずかしい。


 プレゼントを持ったまま彼女のもとに戻ればいいものを、


何を思ったのかその時は、

初デートで浮かれている事を隠し、大人びた自分を演出しようとていた節があった。


その為、デートの途中でプレゼントを渡すのは❝なんかかっこよくない❞

という謎のこだわりで見事に空回りしていたのだった。


「俺に可愛い妹でもいればなぁ」


 よくあるアニメや漫画に似ても似つかない可愛い妹

というのは鉄板ネタだが

あいにく一人っ子で育った自分に兄弟はいない。


やはり現実は無常である。


『とりあえず持って歩いても仕方ないし一旦帰るか・・・

ぬいぐるみは蒼汰にあげよう。多分あいつもいらないっていうだろうけど。』



紙袋からから覗かせるつぶらな瞳を寝かしつけるようにそっと閉じると


出口に向かうことにした。


『これで過去とまた一つ決別できたかな?

てか、今日のことなんて話そう。

小説読んで触発されたとか言ったらどんな顔するんだろう。

怒るかな、嫌な顔されるのかな・・・

俺、旭川のことまだ何にも知らない気がする。

せめて知ってる人とか周りにいればいいんだけど』



 出口に向かいながらぼんやりと考えていた時だった。



「あれ?君は、樺月くんじゃないかな?」



水族館に向かう波のような群衆の中からこぼれ、

こちらに歩み寄ってくる誰か。



「あ、えーっと確か」


「柴だよ。この前の飲み会ぶりだね」


風貌だけは覚えていた。

クロヒョウのようなイメージの彼女。


数日前の飲み会でほとんど会話することがなかった女性だ。







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