第33話 二つの背中

◆◆◆


「ちょっと前の会話の続き何だけど、

❝どうして俺を誘ってくれたんだろ❞って話したでしょ?」


「え?あ、えーと。うん」


 彼女が「今日はここで解散しない?」

と足のケガを隠そうとする前の話だ。


旭川の足の腫れが引くまで隣で

派手なイルミネーションの光を放つ遊園地を眺めてぼんやり待つ事にしていた為、

言葉の理解に遅延が生じ、言葉が詰まってしまった。


「飲み会あったでしょ?

みんなで飲んでいる時のこと覚えてるかしら?」



 「あぁ、飲んだってことは覚えてるけど

内容はほとんど覚えてないかも。

その時全然話が頭に入ってなかったから・・・」



 当時はスマホ破損のショックと瑠璃音に会って話をした後だったから

飲み会どころではなかった。


「じゃあ兎の箸置き、私に向けてたのも覚えてない?」


「いや、それは覚えてる。・・・あっ?え!?」


 不意の一撃が耳に入り、声が裏返った。


『何でオペレーションラビットがバレてんだ!

いや、待てバレたとまだ確定したわけじゃないか』



「飲み会が終わって外へ出た時にあの兎の箸置きの意味を柴彩愛先輩が教えてくれたの。樺月君が私の事、選んでたっていうのもその時知った。」



 口の中が一気に乾いていくのを感じながら

カラカラの下唇を噛む。


 『いやバレバレじゃねーか!

しかも俺が旭川に向けてたのも知られてる!!』

 

三嶌が立てた作戦は相手側じょせいたちに筒抜けだったのだ。



 「いや、あれは!みんなそれぞれ選んでたから被らないようにって選んだだけで

当時は❝誰でも良かった❞っていうか!!

 軽率だったなって❝今は反省している❞っていうか・・・

誰でもって言い方は語弊が―――」


「犯罪者の供述みたいになってるけれど?・・・今は分かってるから大丈夫よ」


 慌てふためき阿波踊りのように、

はためく手振りは彼女の言葉にピタリと止まり

そのまま硬直する。



「今は、って?・・・」


「最初は選ばれたから何?って感じだったけれど、

樺月くんの部屋の布団で目が覚めた時、

私、・・・正直驚いたの

同じ場に居たとはいえ、

あの場に放って置かれてもおかしくなかったし、

部屋で寝ている間に何かされても私が悪かった。

横で寝てくれたって良かったのに。

・・・樺月君は一人床で寝てた」



「力尽きてたってのが本音だけどね」


 旭川は小さな拳を小さな手の平で包み、

結んでいた唇を緩める。



 「今のカッコつけられるところだったのに?

≪俺は女は襲わん≫って」


 「そのセリフ、どうせ漫画の受け売りだろ。

正直体力あったって、そんな度胸俺にはなかったよ」


 「そう。そういうところかもしれないわね」


 「何が!?」


 

 「この人は大丈夫な人、

そう思ったのかもしれないわ」


「どういう意味だよ」



「そのままの意味よ」


 そう言って旭川はにかんだ、

今日一番の控えめな笑顔で。





◆◆◆






「ありがとう。

もう歩ける、流石にもう帰らないと」



旭川は足をゆっくりヒールに滑らせ、

足首をカクカクと曲げて感触を確かめる。


「もう大丈夫なのか?また俺に気を使って

《早く帰らないと迷惑になる》

とかなんて考えてないだろうな。

俺はそういうの察するの下手だから気を使わないでくれよ?」


「うぬぼれないで」


「はい!すみません!うぬぼれました!」


指摘されたことが恥ずかしさに思わず敬礼をして立ち上がる、



「でも、気を使わないって言うのは分かったわ。

樺月君には今後気を使わない」


「お、おう!どんとこい!」


「それじゃあ、

さっそく一つお願いしてもいいかしら?」


「なんなりと!」



改まってお願いと言われると変に身構えてしまう。



「やっぱり足が少し痛むみたい。

立つのもちょっと難しいから、屈んだ状態で両手を後ろに回してくれるかしら」


 「お、おう」


 その刹那、彼女の言葉を完全に理解した。


『これはおぶってこれということじゃん!』


 言葉を聞き入れると速やかに

彼女に背を向けた状態で屈み両手を後ろに組んで

≪カモン≫と余った手の平で招く。


『旭川ったら、素直に飲み会の時みたいに、

おぶってくれって言えばいいのに

素直になれない奴め』


 彼女に求められることの嬉しさが、

今になってこみ上げてきた。


 だがそんな鼻っ柱は速攻でぽキリと折られる。



「ありがとう、とても助かるわ」


 彼女はこちらの後頭部に手を乗せ、

わしゃりとりきみ、髪の毛を掴む。


そして、立ち上がる勢いと共に全体重をこちらの後頭部に加え《グンッ》と立ち上がった。



≪めこっぉぉぉ≫



 首から異音を感じる程に、

容赦ない一撃が脊髄に響く。


 彼女自体は重くはない。

それでも背中に負荷が来るだろうと、

背中越しに身構えていた一般男性の頭に

女性が体重を勢いよく乗れば、

むち打ちのような衝撃が走るは至極当然だった。


「そのまま立って肩を貸してくれる?」


「肩じゃねーよ頭だったろ今の!?いってぇ」



 衝撃のあまり、よろけながら立ち上がった。



 「背中に書いてあったから」


 「なんて!?」


 「『下心有り』って」


「ぐっぬ!否定できない自分がいる・・・

だからって頭は首が痛むわ!」


「じゃあ今日はケガ人同士ね」


そういってこちらの肩に、

細い手をポンと乗せて少しだけ体重をかけては

歩き出した。



「ちょ、行くなら行くって言ってくれ」


 彼女の手が肩から滑り落ちないように、

つられて一緒に歩き出す。


「お互い、今後が良くなるといいわね」


「ああ、俺は大したケガじゃないけどね」


フォローがてらに言葉を返すが

彼女の反応は薄く、小さく「うん」

と言うだけだった。




 怪我をして、ぎこちなく歩く背中と

怪我とは別な理由でぎこちなく隣を歩く背中。



付かず離れず、

街灯から夜へ忍ぶ二つの影は


駅までの帰路へゆっくりと溶けて行くのだった。

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