第32話 不器用な二人 ②

ヒールの起源には諸説ある。

ヨーロッパから広まった話が有名ではあるが、

その中でも、

貴族がドレスのスカートを汚さないように履いたという説。

自分をよく見せようと背伸びをするために履いたという説が存在する。


そしてどちらも共通して、歩くことに配慮されていない作りだということだ。


 そんな事を誰かが言っていたのを

細い素足を見ながら思い出していた。



 「とりあえず応急処置は出来た。」



 歩道脇の花壇の石垣に座らせた彼女の足にテーピングを巻き終えると、

安堵のため息が出てしまった。


『コンビニが近くにあってマジでよかった、超焦った』


 消毒液や絆創膏を店で見つけた時は

店長にお礼の言葉を言って帰りたいと思ったほどだ。



 「ごめんなさい、

また迷惑をかけてしまったわね」



 座っている旭川を見上げるとこうべを垂れ、

包むように垂れた黒髪が彼女の表情をより暗くしていた。



「いや、ごめん、今のはそういうのじゃないよ。

俺ももっと早く気付くべきだった。浮かれてた」



 裸足の彼女をそのままに隣に座る。


 靴は履かせない方がいいだろう。


 そう判断したのは、靴擦れは思ったより深刻だったから。


 靴の底まで血がべっとりと塗られ

除菌シートで黒いヒールをなぞるとシートは赤黒く染まった。



 「こも傷、遊園地の中盤くらいから痛かったんじゃないのか?」


 「ええ、二個目のアトラクションに並んだ時には血は出ていたわ」


 「序盤じゃねーか!!」


 相手が男だったら、

迷いなく手の甲でツッコミを入れている。

 

 「お昼食べる前にトイレに行ったときは血は止まってたから

大丈夫だと思ったの」



 テーピングを巻かれた素足を不思議そうに見つめながらも

落ち込んだ表情は変わらない。



『旭川がお昼頃にお手洗いから帰ってくるのが遅かったのは

そのせいだったのか』


 女性のトイレは長いと、

誰から聞いたことががあった。


 その為、そういうものだと疑うことはしていなかった。



「なんで隠したの?言ってくれればやりようなんていくらでもあったのに」


「・・・」


 彼女を責めないように言葉を慎重に選び決めたはずだったが、

再び旭川はだんまりを決めてしまう。



 彼女と過ごした時間はそこまで多くない。

それでも思ったことははっきり言う印象が多く見られた。


そんな彼女は今日は口ごもるのは珍しいと感じた。



『もしかして察しろよ童貞!ってこと!?

確かに俺もはしゃいでたし、言い出しづらい雰囲気といえば

その通りなんだけど・・・』


 女心が分からない自分にとっては、

落ち度を探す方が容易く、心の中で頭を抱えてしまった。



 「二回目になると思ったから・・・」


 「え?」



 頭を抱えていた手はそのまま両サイドに移動し、聞き耳を立てるポーズ。



 「樺月君と会って、この短い期間で二回も迷惑をかけてしまうのが嫌だったの」



  二回目、彼女は確かにそう言った。


『一回目は・・・飲み会の夜道の事で間違いないだろう』





「まぁ、飲み過ぎるなんてのはよくあることだ。

靴擦れだって、誰にだってあることだし。

気にしなくていいよ」


「飲めないのにお酒飲んで、履けない靴を履いて、

人に迷惑ばかりかける人なんてそういないと思うけど」


「そんなネガティブに捉え・・・ってお酒飲めないの!?」



 声を大きくして聞き返してしまった。



「ええ、飲めないわ。全く」


「いやでも、飲み会の時は結構飲んでただろ」



 事実彼女はよく飲んでいた。

メンバーの中でも柴彩愛に次いで注がれた酒をがぶがぶと。



 「・・・私、

会話とかほとんど参加できなかったから」



先程より小さな声で述べ始める。



 「面白い話も出来ない。

話を聞いても、どう返したらいいか分からない。

 皆のジョッキの交換だって声をかけていいタイミングも分からなかったし

サラダ取り分けたり気が利いたことも何一つも出来なかったから・・・」



 「だからせめて場の空気を悪くしないように、

飲めもしない酒を皆に合わせて飲んでたってことか・・・」



旭川の足は「そうです」と返事をするように≪ぶらん≫と垂れた。


【お人よし】そんな言葉一つでは言い表していた自分が浅はかだった。


 彼女は感情を表に出さない鉄仮面のような人間で、

律義で頑固だと理解していたつもりだった。


しかし不器用で繊細な女性だったのだと、

再び考えを改めさせられた。


 彼女と話せば話すほど、

イメージが二転三転する。


 しかしそのイメージ全てが旭川であり、

嘘偽りのない彼女の姿なのだ。


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